第二十八回 2021年7月27日 華岡青洲 もう一つの「世界初」とは

世界で初めての全身麻酔を実施

がん治療は、放射線治療、薬物療法、外科手術が三つの柱です。

このなかで、放射線治療は125年、抗がん剤は75年くらいの歴史しかありません。一方、手術の起源は、四大文明の時代にまでさかのぼります。

紀元前1650年頃の古代エジプトのパピルスには、乳房の腫瘍を切除した記録が残されています。また、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスも、ペルシャ帝国ダリウス大王の妻の乳がん手術について、記録しています。

洋の東西を問わず、画像診断などなかった時代、がんと言えば、乳がんを指しました。がんの外科手術もまた、乳がんを中心に続けられていました。

しかし、麻酔がありませんでしたから、手術は拷問です。痛みに耐えかねて泣き叫び、暴れる女性を、押さえつけて行う手術はうまくいくはずがありません。短時間で手術を終えなくてはならず、手術結果は惨憺(さんたん)たるものでした。

世界で初めて全身麻酔による手術が行われたのは、実は日本です。江戸時代の医学者「華岡青洲(はなおか・せいしゅう)」は1804年、世界で初めて、全身麻酔による手術を行ったことで有名です。エーテルによる全身麻酔が西洋で行われるより40年以上も前のことです。

母と妻を実験の対象に

青洲が考案した全身麻酔は、西洋式のガスの吸入や静脈からの注射を使ったものではありません。チョウセンアサガオやトリカブトなど、自宅兼医院だった春林軒(しゅんりんけん)のまわりに自生していた薬草を調合した通仙散(つうせんさん)によるものでした。

僕は、科学者でなければ名医にはなれないと思っていますが、青洲も「実験科学者」でした。動物実験を繰り返したため、春林軒のあった平山の里から犬が消えたと言われたほどです。さらに、母の於継(おつぎ)と妻の加恵(かえ)の協力で、人体実験を繰り返し、20年に及ぶ研究を経て、通仙散は完成しました。しかし、加恵は、副作用によって失明してしまいます。この話は、有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」でも有名です。

乳がんの麻酔手術の最初の患者は、大和国五條(現・奈良県五條市)から紀州までやってきた、「勘」という60歳の女性でした。手術は成功し、勘は二十数日で故郷へ帰ることができたそうです。

乳房温存手術の普及遅れた日本

青洲が通仙散を使った全身麻酔で、乳がんの治療を行ってから約100年遅れて、アメリカの外科医ハルステッドが定型的乳房切除術を確立しました。「疑わしきは切除」という考えのもと、乳房はもちろん、胸の筋肉、腋(わき)の下のリンパ節も全て取り除くという手術でした。胸が洗濯板のようになってしまう上、腕がむくんだり、感覚が鈍ったりといった後遺症がつきものでしたが、治癒(ちゆ)率は格段に向上しました。

そして、このハルステッド手術が、その後、約70年以上も、乳がんの標準治療として行われてきました。僕が医者になった36年前(1985年)も、日本では、この手術が全盛でした。ちなみに、欧米では、この時期、すでに乳房温存療法が主流でしたから、日本は随分遅れていたことになります。

しかし、青洲が行った乳がんの手術は、自ら考案したメスやハサミを使って、がんの部分だけを乳房から摘出するというもので、現在の乳房部分切除術に相当します。青洲は、世界初の全身麻酔を使った手術を行っただけでなく、世界初の乳房温存手術を行ったことにもなります。日本が世界に誇る偉業です。