第二十六回 2021年5月25日 「病院嫌い」の養老孟司先生が入院したわけ

体重が15キロ減 最初はがんを疑ったが

解剖学者・養老孟司先生は昨年6月、東大病院で私が診察し、緊急入院しました。病名はかなりレアな無痛性の心筋梗塞(こうそく)で、養老先生は東大病院に2週間入院されました。

体重が15キロも減って来院されましたので、最初はがんを疑いました。がん細胞は、エネルギー代謝の効率が悪いため、増殖には大量のブドウ糖が必要です。このため、がんが進行すると患者は痩せることになります。

幸い、がんの疑いは晴れましたが、この大病のてんまつを、患者と医師それぞれの立場から二人でまとめたのが、「養老先生、病院へ行く」(エクスナレッジ)です。この本については、前回も触れましたが、発売直後から増刷を繰り返すなど、大きな反響を読んでいるようです。

本書が話題になっている理由の一つは、「病院嫌い」の養老先生が病院に行ったことでしょう。自著でも病院嫌いを表明していますが、「養老先生、病院に行く」は先生のファンにとっては一つの「事件」と言えるでしょう。

病院に行くと、服薬や生活習慣の指導などで、医者から多かれ少なかれ「管理」されるようになります。それを先生は「野良猫が家猫に変化させられる」と表現しています。本書では野良猫と家猫の間で揺れ動く養老先生の葛藤を読むことができます。

話題になったもう一つの理由は、養老ファンなら誰でも知っている愛猫、まるの死について書かれていることでしょう。まるの死は、NHKの番組「まいにち養老先生、ときどきまる」で取り上げられたことから、日本中の多くの人が知ることになりましたが、本書でも、まるの闘病から亡くなるまでの養老先生の胸の内が語られています。

アシナガバチに刺されて倒れた経験 コロナのワクチン接種は?

昨年から今年にかけて制作された本書は、コロナに関する記述も豊富です。その中で先生はワクチンについて、「すぐにでも打ってみたい」と書いていました。医者嫌いの養老先生といえども科学者の一人です。最新のワクチン接種を自ら経験することに対しては、興味があるようです。

ワクチンに関しては後日談があり、ご自身のワクチン接種にあたって、メールでいくつか質問されました。その一つが、「アシナガバチに刺されて倒れたことがあるが、接種の際、そのことを告げる必要があるか?」というものでした。

養老先生のメールには、以下のようにありました。

「私はアシナガバチのアレルギーがあります。一度ラオスで刺されて、4時間ほど倒れていたことがあります。おそらくアナフィラキシーに近いものだと思いましたが、症状はまず景色がきれいになり、コントラストが強くなりました。それが進んで景色が白黒写真のネガみたいになり、吐き気が強くて寝たままで何もできず、4時間ほどで回復しました。その間に視覚の異常?があって、見るものが自分の都合のいいものに見え、電灯の傘(かさ)の模様が虫の集団に見えました」

私は接種当日の問診票にある「重いアレルギー症状(アナフィラキシーなど)を起こしたことがありますか」の項目には「はい」をチェックするようにアドバイスしました。ハチに刺されて倒れた原因がアナフィラキシーだったのかどうかはわかりませんが、新型コロナのワクチン接種は、特に強い副反応もなく無事に終えられたようです。

本書には、私とも養老先生とも親しい漫画家のヤマザキマリさんとの鼎談(ていだん)も収録されています。コロナ禍でイタリアの家族と離れて暮らさざるをえなくなったヤマザキさんは、日本とは異なるイタリアの医療事情について教えてくれました。これに対し、私は日本の臨床医という立場から、養老先生は医療のシステム批判という立場から、3人で現代医療が抱える問題を語り合っています。コロナ禍で不要不急の外出は避けろといわれる中、タイムリーな話題が満載の本書をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。