第二十五回 2021年4月27日 養老孟司先生の入院 「野良猫」は決して「家猫」にはならず したたかな大人の患者として

ヘビースモーカーとしても有名ですが

先日、養老孟司先生と、『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)という共著を出版しました。

養老先生は、私が東京大学の理V(駒場)から本郷に進学した1981年、解剖学第二講座の教授に就任され、医学の基本である解剖学を教えていただきました。

私は不良医学生で、医学部の講義にはあまり出ませんでしたが、養老先生の講義には欠かさず、出席していました。先生の講義は格別に面白かったからです。そして、当時から、今に至るまで、養老先生を尊敬しています。

養老先生は医師免許をお持ちですが、臨床医の経験はありません。そして、医療に対しても、東京大学に対しても、冷ややかな目を向けてきたと言ってよいと思います。「がんもどき理論」の近藤誠医師とも意見が合うようです。ヘビースモーカーとしても有名です。

養老先生のタバコについては、いろいろな意見があることは承知しています。

ただ、ひとつ言えることは、先生は他人の受動喫煙に非常に神経を使っておられます。もちろん、男性の発がんの原因の3割が喫煙であること、肺がんのリスクは5倍近くになることなど、タバコの害もよく分かっておられます。言ってみれば、私の飲酒に近いものがあります。間接飲酒はありませんから(笑)。

体重が70キロ台から50キロ台に落ちて

そんな養老先生から、昨年6月12日、メールを頂きました。

「昨年から体重が70キログラム台から50キログラム台まで落ちて、家内が心配しています。コロナの禁足のせいか、元気がなくなり、ほとんどビョーキ状態です。(中略)健康診断の類を何年もやっていないのですが、家内に催促されています。七月に入れば、時間に余裕ができますので、どこかご推薦、ご紹介など頂けますか?

とりあえず自覚症状のようなものはとくにありません。眼は白内障、右目は以前から緑内障ですが、糖尿は間違いなくあると思います。養老 拝」

養老先生の病院ぎらいは知っていましたから、診察を受けたいとは、ただ事ではないなと直感しました。

6月24日に東大病院の地下3階の放射線治療外来にお越しになった養老先生は、生気がまったく感じられません。体重の激減から、まずは、がんを疑いました。

とりあえず、胸部から骨盤までのCT検査をしましたが、長年の喫煙のせいで、軽度の肺気腫があるくらいで、目立った異常はありませんでした。この時点で、進行がん・末期がんの可能性はかなり低くなりました。

先のメールには、「健康診断の類を何年もやっていない」(本当は何十年も、ですが)とありましたので、このとき、心電図を念のため、オーダーしました。虫の知らせだったのかもしれませんが、これがビンゴ!で、「無痛性の心筋梗塞(こうそく)」と診断を下すことができました。重度の糖尿病では、心筋梗塞による痛みを感じないことが少なくないのです。そのあとの経過は本書にある通りです。

優等生の患者だったはず、たぶん……。

養老先生のお考えは以下の文章(月刊新潮2020年10月号)に端的に表現されています。

「(なぜ医療に距離を置くかと言えば)医師の手にかかったら、医療制度に完全に巻き込まれるからである。自分がいわば野良猫から家猫に変化させられることになる」

そんな養老先生が入院してうまくやれるだろうかと心配しましたが、杞憂(きゆう)でした。心配していた「院内喫煙」もなく(多分)、優等生患者でした(多分)。とは言うものの、大腸ポリープは放置、ピロリ菌も除菌せず、と養老先生らしい判断を下されていましたが。

白内障の手術を終えて 再び「元の世界」へ

心筋梗塞の治療が一段落していったん退院されたあと、両目の白内障治療のため、再度、東大病院に入院されました。このときは、養老先生も「家猫」になられたのかと思ってしまいました。

しかし、現代医療のおかげで、首尾良く、若いころの視力を取り戻した先生は、すぐに「野良猫」に戻っていきました。年明け早々のメールです。

「明けましておめでとうございます。(中略)私はとりあえず変化なく、不急不要の患者みたいな気がしています。こういう患者を病院として歓迎するか否かです。運動も毎日散歩して、体重は65キロと入院当時より十キロ近く増加しました。行かないとすれば、処方だけが問題です。検査は近所の開業医に頼もうかと思います。。。。養老 拝」 

要は、東大病院には行かないから、薬だけ送ってくれというわけです。結局、私が内科や眼科の処方を代行するはめになりました。

養老先生は、「白か黒か」の人ではありません。医療が必要なときは、最低限とはいえ、その恩恵にあずかり、すぐに、元の世界に戻って行かれました。

養老先生は、実にしたたかな大人の患者です。