第二十三回 2021年2月23日 「福島の話をしよう」 原発事故による一般住民の被ばく量は少なく 情報不足が招いた専門家への不信と住民の健康リスク

東日本大震災から10年 福島への支援活動を通じて

東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年間、福島の支援に関わってきました。きっかけは飯舘村でした。

飯舘村は阿武隈高原の豊かな自然に恵まれた美しい村で、パイ中間子による放射線治療の研究で私が留学していたスイスのフィリゲン村を思い出させます。

村は原発から30キロ以上も離れているため、大熊町や双葉町といった原発立地が享受してきた経済的恩恵を全く受けてこなかった反面、風向きの関係で大量の放射性プルームによって汚染されてしまいました。

原発からの距離とともに、風向きや降雨の有無が被ばく量を決めますが、こうした情報がタイムリーに提供されなかったため、住民の避難は遅れてしまいました。

さらに、チェルノブイリでの経験を持つ医師が安全だと講演をした数日後に、年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超える恐れがあるとして、1か月以内の全村避難が政府から指示されました。こうしたボタンの掛け違いが、政府や専門家への不信を招いてしまったと思います。

102歳の女性 被ばくより避難のための移動が健康リスクに

2011年の4月に「チーム中川」が事故後はじめて福島を訪問した際、思いがけず、菅野典雄村長(当時)にお会いしました。子供や妊婦はまだしも、役場に隣接する特別養護老人ホーム「いいたてホーム」についても入所者全員の避難を指示されていることに村長は反対を表明していました。

我々がホームを訪問してみると、入居者は平均年齢が約80歳、中には102歳のおばあちゃんもいました。100人あまりの入居者のうち、車いすの人が60人、寝たきりの人が30人です。「この人たちを避難させるのか?」とびっくりしました。

たとえば、102歳のおばあちゃんには、毎日何万個とがん細胞ができていて、既にがんが大きくなっている途上かもしれません。被ばくによって毎日生まれるがん細胞の数が確かに増えるかもしれませんが、免疫が見過ごしたがん細胞が1センチになるのに20年もかかりますから、102歳のおばあちゃんに避難のメリットは全くありません。

私が政府にアドバイスした結果、入居者はそのまま施設にとどまり、職員は村外から通勤して介護にあたることになりました。一方、避難した病院や老人介護施設では入居者の死亡率が大きくアップしました。高齢者の避難についてはできるだけ慎重に考えるべきなのです。

内部被ばくは「ほぼゼロ」のレベル

幸い、時間とともに住民の被ばく量はわずかだということが分かってきましたが、事故から10年になる今も4万人近い福島県民が避難を続けています。低線量被ばくで起こりうる人体影響は発がんリスクの上昇だけですから、がんを避けるために避難を続けてきたことになります。

福島の一般県民の被ばく量は非常に少なく、とりわけ内部被ばくは驚くほど低く抑えられています。日本の食品の放射能管理は世界一厳しいものですが、福島産の米や牛肉の放射能は全数調査が実施されていて、15年産以降、1キログラム当たり100ベクレルという欧米の12分の1以下の厳しい基準を超えたものはありません。

原発事故とは無関係の天然の放射性物質による内部被ばくは、年間1ミリシーベルト程度ありますが、事故による追加の内部被ばくは、ほぼゼロと言えるのです。

被ばくによるがん発症のリスク増はみられず

外部被ばくの方は、内部被ばくと違ってゼロとは言えませんが、問題のない数値です。

原発から最も近い居住区である福島県南相馬市で2012年3月〜9月にガラスバッジによる外部被ばく線量測定が行われました。参加した520人の児童・生徒(小学生〜高校生)の3か月の自然放射線量とセシウムなどの汚染による線量の合計の平均値は、1.36ミリシーベルト/年でした。これは、日本全国の自然放射線被ばく量の平均値よりも低く、フランスや北欧の半分以下です。

福島第一原発による放射線被ばくで、がんが増えることはありません。しかし、避難と「過剰診断」は、福島でのがんを増やしてしまいます。次回も福島をテーマにします。