2020年8月11日 がんが転移するかしないかには「時間」が関係 細胞に違いはありません

がんが転移する仕組みは完全にはわかっていませんが、二つの仮説が考えられています。

一つは、がん細胞に遺伝子変異が加わることによって、転移する能力(転移能)を獲得する可能性です。がん細胞が誕生するためには、数個の遺伝子変異が蓄積される必要があります。遠隔転移についても、転移能をもたらす遺伝子変異があるに違いないという発想です。「遺伝子変異追加説」と呼ぶことにします。しかし、今のところ、そういう遺伝子は見つかっていません。

もう一つの考え方は、遠隔転移をつかさどる遺伝子変異はそもそもないという仮説です。原発巣から血中へのがん細胞の流入は最初から起きており、大抵は転移せずに終わるのだけれども、そのうちのほんの一部がある時たまたま転移すると考えます。血流に乗ったがん細胞が遠くの臓器に漂着して増えるのは、実はとても難しいことなのです。実際、血管に入ったほとんどのがん細胞は途中で死ぬことがわかっています。しかし、ずっと続けていれば、いつか転移が成立してしまうという見方です。「数撃ちゃ当たる説」としておきます。

「がんもどき」は存在するのか?

さて、ベストセラー「患者よ、がんと闘うな」で知られる近藤誠医師が提唱した「がんもどき理論」というのがあります。

●がんには、「本物のがん」と「がんもどき」がある

●「本物のがん」は、早期発見してもすでに転移していて命を奪うから治療してもむだ

●「がんもどき」は、転移する能力を持っていないため、放っておいても大丈夫

「だから、がんは放置せよ」という理論です。この理論の前提にあるのは、がんが転移するかどうかは最初から決まっていて、それは絶対に変わらないという仮定です。転移の仕組みから考えると、この仮定は成立しません。

仮に「遺伝子変異追加説」が正しいとします。遺伝子変異というのはランダム(偶然)に起きる現象です。遺伝子変異は、たばこを吸ったとか、放射線を浴びたとか、何かで遺伝子に傷がつくことが引き金で起きます。例えば放射線は、遺伝子のどこだろうとお構いなしに切断する能力を持っています。転移を起こす遺伝子を、たばこの煙や放射線が認識して避けて通る理由があるでしょうか? 長い時間をかけていくつもの遺伝子変異を積み重ねた結果、がん細胞になったのです。転移をつかさどる遺伝子に変異が起きるのも、時間の問題と考えるのが自然です。

一つのがんに二つの時期が

次に「数撃ちゃ当たる説」が正しいとするなら、数を撃たせてはいけないのは自明です。これも時間の問題です。つまり、どちらの仮説が正しいにせよ、「がんの転移は時間の問題である」という結論は同じです。がんもどき理論の仮定は成り立ちません。

「がんもどき」と「本物のがん」という二つの別物があると考えるところに間違いがあります。全てのがんは最初のうち、まだ転移していないという意味で「がんもどき的」です。時間がたつにつれ、転移して本物のがんに見えるものが増えていきます。「がんもどき」と「本物のがん」という二つの別物があるわけではなく、同じ一つのがんに、まだ転移が起きていない時期と、転移が起きてしまった時期という「二つの時期」があると考えるべきです。

今、この瞬間だけを見れば、人間には「子供」と「大人」がいると言えます。しかし、時間をかけて観察すれば、同じ人に「子供の時」も「大人の時」もあることがわかってきます。「がんもどき」と「本物のがん」もそういう関係です。

このように、人間で考えれば当たり前のことなのですが、がんは人間に比べて増殖速度の個体差が大きく、また何もせずに観察することは生命の危険を伴うことになりますから、放置して観察することは倫理的にもできません。これが誤解を生み出す原因と言えるでしょう。