2020年7月28日 がん死のほとんどが「遠隔転移」 防ぐには?

人間の遺伝情報を語る「テキスト」といえるのがDNAです。これを構成する四つの塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)のどれかが突然変異すると、テキストの中の「単語」にあたる遺伝子が変わり、発がんにつながります。

細胞のがん化に関与する遺伝子の数は140個程度です。この中には、変異によってスイッチが入ると正常な細胞のがん化が進む「がん遺伝子」と、機能しなくなることによってがん化を抑えられなくなる「がん抑制遺伝子」があります。

たとえば、上皮成長因子受容体(EGFR)は細胞の表面に存在し、増殖を制御する信号のような役割を担うたんぱく質です。この遺伝子に特定の変異が起きると、細胞を増殖させる信号が常に青となり、発がんにつながります。分子標的薬「イレッサ」は変異したEGFRの働きを抑える抗がん剤です。

性交渉によって子宮 頸けい 部に感染したヒトパピローマウイルスは、がん抑制遺伝子であるp53遺伝子やRb遺伝子の働きを抑えます。このため子宮頸がん発症の原因となるのです。

「原発巣」の治療はかなり進んだ

がん発症の仕組みについて説明しましたが、私を含めたがん患者が一番恐れるのは、がんの「遠隔転移」です。これは、がん細胞が元々生まれた臓器を離れて、別の臓器に移動して増殖することを指します。例えば「肺がんが脳に転移する」というようなことです。実は、がんで亡くなるケースのほとんどは、この遠隔転移によります。

初めにがんができた場所(「原発巣」と言います)は、手術や放射線治療の進歩で、かなり治療可能になりました。原発巣が原因で死ぬことは少なくなりました。もし、遠隔転移を予防したり、遠隔転移したがんを治したりする方法が見つかれば、がんによる死亡は激減します。それは人類の悲願である、「がんの克服」であると言ってもいいでしょう。ですから、遠隔転移が起きる仕組みの解明はものすごく重要です。

未解明の遠隔転移 二つの仮説

遠隔転移の仕組みは、まだ完全にはわかっていませんが、二つの仮説が考えられています。

一つは、がん細胞に遺伝子変異が加わることによって、転移する能力(転移能)を獲得する可能性です。がん細胞が誕生するためには、数個の遺伝子変異が蓄積される必要があります。大腸がんでは、遺伝子変異を重ねる度に少しずつ、がんとしての能力(大きくなる能力や浸潤する能力)を獲得していくことがわかっています。だから、遠隔転移の場合も、転移能をもたらす遺伝子変異があるに違いないという発想です。しかし、今のところ、そういう遺伝子は見つかっていません。まだ見つかっていないのか、実はないのかはわかりません。ないことを証明するのは困難だからです。

放置するほど転移の確率は高まる

もう一つは、遠隔転移をつかさどる遺伝子変異はそもそもない、という仮説です。原発巣から血中へのがん細胞の流入は最初から起きており、たいていは転移せずに終わるのだけれども、そのうちのほんの一部が、ある時たまたま転移するという考え方です。

血流に乗ったがん細胞が遠くの臓器に漂着して増えるのは、実はとても難しいことなのです。血管に入ったがん細胞のほとんどは、途中で死ぬことがわかっています。しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる……ではないですが、ずっと続けていれば、いつか転移が成立してしまう可能性は否定できません。

二つの説のうちどちらが正しいにせよ、大事なことは、「がんを放っておけば、転移する確率は時間とともに高まる」ことです。早期発見・早期治療ががん治療の原則であるのは、そのためです。