トップページ知って得する講座「白米はダメ」ホントかウソか 栄養疫学、食文化に目

「白米はダメ」ホントかウソか 
栄養疫学、食文化に目

ケンブリッジ大学 医学部上級研究員 今村文昭(7)
2020/6/15 「研究室」に行ってみた。

文筆家・川端裕人氏がナショナルジオグラフィック日本版サイトで連載中の「『研究室』に行ってみた。」は、知の最先端をゆく人物の知見にふれる人気コラムです。今回転載するシリーズのテーマは、食べ物の効果や影響を考え、その要因や対策を追究する「栄養疫学」。同じ「よくわからない」という結論でも、その根拠の深さに大きな差があること、そして情報をうのみにする怖さを教えてくれます。未知のウイルスに向き合うときのヒントにもなるかもしれません。研究者の濁りのない目がみつめる先にも注目です。

「健康によい食事」や「体に悪い食べ物」など、健康情報のなかでも人気の「食」の話。だがそれだけに、極端だったり矛盾したりする話も多く、何を信用していいのか分かりにくいのも確かだ。そこで、食と健康にまつわる根拠(エビデンス)を提供する栄養疫学の専門家として、世界的に活躍する今村文昭さんの研究室に行ってみた!(文・写真 川端裕人)
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今の世の中には、いわゆる健康情報が満ち溢れている。

どうすれば、より健康になれるのか、誰もが知りたい。

特に食事にかかわる情報は人気だ。
何を食べればよいのか。なにがヘルシーで、なにが危険な食べ物か。

栄養素レベルでは、最近では追いきれないほどたくさんの種類のサプリがドラッグストアの棚に並んでいる。そういえば、かつて悪者の代表のように扱われていた脂質も、不飽和脂肪酸という種類のものは体によいらしい。一方、炭水化物の評判はすこぶる悪い。毒だと言い切る人すらいる。脂質悪者論の時代から炭水化物ヘイトの時代へのうつりかわりが、たぶん平成の健康情報の一大イベントだったのではないだろうか。

食材レベルでは、野菜や果物は今も昔もヘルシーな食べ物だと思われており、タンパク質の供給源としては魚やチキンがよいというのもよく聞く。悪者にされがちなのはやはり炭水化物系で、砂糖はもちろん、白米を代表とする「精製された穀物」を食べることの是非が取りざたされる。その一方で、肉はどうだろう? 近所のステーキハウスは「肉は健康食!」と大きく書かれたパネルを掲げて客を呼び込んでいるが、それって本当にいいのだろうか。

食事パターン、いわば献立のレベルとしては、「地中海ダイエット」(地中海食)がすでに市民権を得ているかもしれない。野菜や果物、ナッツ、全粒粉のパン、魚介類、チキン、オリーブオイルや適量の赤ワインといった、地中海世界でよく食べられているものを真似た食事が健康的に優れているというもので、近所のイタリアンファミレスに行くと強力にプッシュされている。一方で専属コーチ付きのジムに通う知人は「低炭水化物食ダイエット」を信奉している。肉中心の食生活をよしとして、外食でステーキを頼んだ時にマッシュポテトがついてきても手を付けない。可能なところではブロッコリーなどにかえてもらうという。

こういったことは、それぞれどれだけ妥当なのだろう。極端に感じるものも多いし、お互い矛盾するものもある。

信頼できる判断の基準はありうるのだろうか。医療には、EBM(根拠(エビデンス)に基づいた医療)という概念があり、各学会がガイドラインを作って標準的な診断や治療を定めている。だから、ぼくたちは治療を受ける時にそれが妥当かどうかまずはガイドラインを参照することができるし、さらにそのもとになっているエビデンスを見ることもできる。

この時に言うエビデンスは「科学的根拠」と訳されることが多く、もともと疫学という学問に由来するものだ。日本では占いの「易学」と混同されることがあるほどマイナーな分野だが、実は様々な応用科学分野での実践に「根拠(エビデンス)」を与える重要な役割を担っている。医療におけるEBMは、まさにその具体例だ。

そして、食についても栄養疫学という分野があって、日々、まさにぼくたちが知りたい「よい食べ物」「悪い食べ物」について研究を深めている。食物に関する健康情報の多くは栄養学の範疇だと理解されていると思うけれど、その「根拠」の多くを提供するのが栄養疫学だ。ならば、直接、栄養疫学者に話を聞いてみたい。そんなふうにずっと思っていた。

機会が訪れたのは今年になってからで、たまたまぼくがロンドンに滞在中にケンブリッジ大学の栄養疫学者、今村文昭さんに会うことができた。

ロンドンからケンブリッジ駅までは直通列車で50分弱。駅前からバスに乗り、10分ほどで大学病院であるアッデンブルック病院に到着。そこでしばらく待っていると、グレイのベストを着た30代くらいの男性が、軽く手を挙げながら近づいてきた。

それが、今村さんだった。アメリカのボストンにあるタフツ大学で栄養疫学研究で博士号を取得、同じくボストンのハーバード大学公衆衛生大学院での博士研究員(ポスドク)期間を経て、2013年から英国のケンブリッジ大学MRC疫学ユニットの上級研究職に就いている。糖尿病や肥満に関する疫学を中心に活躍していると聞いている。
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では、個々の食品について。

最近のトピックで、日本人なら誰しも気になることがある。

白米についてだ。

「白米は『精製された穀物』のひとつで、単純炭水化物に分類されます。他の穀物と比べて血糖値を上げやすいので、あんまり体によくないなという印象はあります。私自身の研究も含めて他の多くの研究でも、炭水化物の摂取は控えめにしたほうがよいという結果が出ていますし、実際に白米を摂取している人の方が糖尿病のリスクが高そうだというような研究も出ています」

これだけ聞くと、やはりお米を食べるのが怖くなる人がいても不思議ではない。日本人にとってあまりに基本的な食材だから、それが健康に悪いといわれるとうろたえるばかりだ。

「ただ、前にも強調しましたが、食品の影響って長い時代背景にある文化も含めた食事パターンの中で考えるべきなので、日本での研究はどうかといいますと、国立がん研究センターの多目的コホートが参考になります。この研究では、お米を食べている人はむしろ死亡率が低かったりするんですね。これを見ると、日本でお米を食べることというのが、必ずしも悪いとは言えません」

日本での米の摂取頻度と糖尿病リスクと死亡率の研究は、別々の論文として発表されている。どちらかしか知らないでいると、「お米は怖い」「お米はよい」と正反対の結論を導きかねない。一つの論文だけに食いついてはいけないというよい例だ。解釈に慎重さを要するわけだが、今村さんはこの一連の件について今年「週刊医学界新聞」に「お米にまつわる疫学の一端」と題して寄稿した。やや専門家向けではあるが、医学書院のウェブサイトでも公開されているので一読をおすすめしたい。

まとめるとこんなふうだろうか。

疫学的には、日本でバランスに気をつけて食事をしている限り、また糖尿病のハイリスク群ではない限り、お米の食事を忌避する理由は今のところ薄そうだ。公衆衛生政策としても、糖尿病を減らすために死亡率が上がったのではおかしな話になるので、データがもっと揃うまでは様子見ということになるのだろう。

さて、白米のことを気にしている人は、同時に、代替として玄米はどうだろうかということも気になるに違い。だから、駆け足ながら今村さんの解説をまとめておく。

結論から言えば、実はこれも今のところよく分からない。さきほど挙げた日本の研究を含む長期的な疫学研究では玄米の検証はされていない。玄米と白米を比較するものとして、今村さんもよく知るハーバード大学の研究チームが観察研究で玄米の方が白米よりも糖尿病の予防によいだろうという結果を出した。しかしアメリカでの玄米の摂取とその背景にある食習慣・生活習慣などを考えると、エビデンスとしては強くはない。また今村さんも共著者として名を連ねる別の論文では、心疾患との関係はなかったと示された。つまり、健康全体との関係について、今のところ確立されたエビデンスはない。さらに先程のハーバード大学のチームが介入研究(今のところ介入研究では最大規模)を中国で行ったところ、玄米を食べたグループより、白米を食べたグループの方がLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が低いという不思議な結果が出た。

いずれにしても、エビデンスは未成熟だ。玄米は、「精製されていない」穀物という点で栄養価が高いのはよさげだが、同じく成分レベルでカドミウム、無機ヒ素、在留農薬などといったものも含まれているそうなので、その点でも、どこかでメリットとデメリットがトレードオフになるのかもしれない。

以上。

なお、「白米か玄米か」を気にしている知人にこの件を告げたところ、「どちらを食べていいのか分からない」と叱られた。「白米は悪い」と信じており、「玄米もよいかどうか分からない」としたら、何を食べていいのか分からなくてパニックに近い感覚になるという。そこで、ぼくは「当面は今の習慣のままでいいのではないか」と答えておいた。前にも書いたとおり、ぼくたちは人類史上最高水準の長寿を実現している。「今のまま」をもう少し続けたからといって、バタバタ倒れてしまうわけではない。はっきりと分かったリスクは避けるべきだし、ベネフィットは享受すればいいけれど、分からないものに振り回されるのは馬鹿げている。

今村さんが栄養疫学者としての出発点からかかわってきた「食事パターン」について。

「地中海ダイエット」「低炭水化物ダイエット」「日本食」について、できるだけ簡潔に聞いていきたい。

よく日本では、○○食を食べるのがヘルシーだというようなブームがある。
最近では、「地中海ダイエット」「地中海食」を推奨する人がかなりいると思う。

文字通り、地中海に面したイタリア、スペイン、ギリシャなどで食べられているもので、オリーブオイル、野菜、果物、ナッツ、魚介類などを多めに取る一方で、肉類の摂取は少ない、というようなイメージだ。これが健康によいというのは、日本でも有効なのだろうか。

「まず地中海ダイエットというのが何なのかという問題があります。ユネスコが無形文化遺産に指定した地中海食は、モロッコからクロアチアまですごく広い範囲の国々にわたっていますし、研究の方もそれぞれ何をとりあげるのか違います。もともと心血管疾患の罹患率が低いギリシャのクレタ島の人たちの食習慣に注目して定義された後、研究者ごとに定義を修正しながら今日に至る感じです。ですので、『地中海食は身体によい』というのでなくて、『身体によいであろう地中海食はどれか』というのが妥当な表現ですね。たとえばクレタ島の人たちはお肉を摂取することが昔からわかっていたのですが、健康的な地中海ダイエットを考える際はむしろ摂取を制限してもらうというようになります。そして朝食がオリーブオイルをコップ一杯だけだったり、昼間からお酒を飲んだり、エスカルゴをよく食べたりとクレタ島だけでもバリエーションが伺えます。そんな多様性をよそにわりと恣意的な判断もあって地中海ダイエットは定められています」

さらに具体的な例として、今村さんはスペインの食を挙げた。

スペインは地中海ダイエットの典型的な国々のひとつと思われているけれど、イベリコ豚を代表とする豚肉の摂取でも有名だ。ある地域では食用油としてラードを使うようで、オリーブオイルどころか植物油ですらない。さらにハムやサラミなどの加工肉の消費が多い。こうした加工肉は、受け継がれてきた保存技術に文化遺産としての価値は確かにありそうだ。しかし一般的に加工肉消費量が多い人ほど心疾患や大腸がんなどのリスクが高いというエビデンスがあり(日本由来のエビデンスについてはまだ解釈の余地がありそうだが、曖昧になりがちな栄養疫学の分野としては比較的はっきりした結論が出ている)、これが多いというのはちょっと考えものだ。今村さん自身、前述した187カ国の食品の国際比較の研究を通じてスペインを含む地中海沿岸地域の食の質もそれほど高くはないと感じているそうだ。

「その上で、たしかに地中海ダイエットのエビデンスってここ数年で蓄積してきてはいます。じゃあ、それは本当に日本人にとっていいのかというと、やはり必ずしもいいとは言えません。そもそもどんな地中海ダイエットが日本人に合っているのか、日本人のための考察と日本独自のエビデンスが今のところ薄いんです」

結局、今、地中海食が日本で有効かどうか知るには、日本でのエビデンスを見出すのが一番だということだ。さらにその時、大事な問いは、「地中海ダイエットがよいか悪いか」ではなく、「日本人によいであろう地中海ダイエットとはどんなものか」というものだ。

「ただ、こんなふうに思うんですよね」と今村さんは、付け加えた。

「地中海ダイエットが話題となる一方で、日本の厚生労働省と農林水産省が『食事バランスガイド』というものを作って、日本人向けにイラストを発表しています。ご覧になったことがある方も多いんじゃないでしょうか。面白いことに、白米の摂取を含め、『食事バランスガイド』の推奨に近い食生活を送っている人ほど、死亡率が低いというコホート研究の成果があるんです。欧米の各国から得られた数多くのエビデンスに基づいた『健康的な地中海ダイエット』を楽しむのを否定はしませんが、日本人由来の食全体に関する既存のエビデンスに注目するのにも利がありそうです。政府が発表した食事を楽しみましょうというと華がなく、一般受けするとは到底思えず情報の伝達に工夫が必要ですが、そもそも私たちの文化に根ざした健康的な食生活というのはそういうものなのかもしれません」

(ナショナルジオグラフィック日本版サイトで2018年10〜11月に公開された記事を転載)

今村文昭(いまむら ふみあき)
1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010〜17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月〜2018年9月)。

川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの 生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。



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