トップページ知って得する講座伝統は特別なものじゃない 「残すべき」より「残ってほしい」か

伝統は特別なものじゃない
「残すべき」より「残ってほしい」か

Forbes JAPAN ライフスタイル/2019/05/24
秋山ゆかり OFFICIAL COLUMNIST 「グローバル思考」の伸ばし方

貝沼航さんが手がける漆器「めぐる」

最近、着物をワンピースに仕立てた直したものをよく着ています。海外に住んでいたときには、パーティなどで日本らしい格好で来てくれないかというリクエストが多く、着物も活躍していたのですが、日本に戻ってからはあまり着る機会がなくなってしまいました。

タンスの肥やしにするのにはしのびないし、日常的に着物を着ることができないかなぁと考えて、行き着いたのがワンピースに仕立て直すこと。ワンピースであれば、上にジャケットを羽織ればビジネスの場でも着用できるし、着付けもいらないので出番が増えます。

この「着物ワンピース」を着ていくと、周囲からのリアクションは大きく分けて2つありました。1つは、「伝統ある着物をそんなふうに着るなんてけしからん!」という批判。それとは反対に、「日頃から着ることができて、すごくいいアイデア」という嬉しい意見。

他にも、人によってさまざまな反応を示すなか、令和という新時代になったのを機に、イタリア人の友人から「元号や着物などの伝統は残すべきか?」という問いかけがありました。そこで、今回は、各国の友人たちが、「伝統」についてどのように考えているか、少し紹介したいと思います。

イタリアらしい伝統の残し方

アメリカ人の友人たちは、「個人がどうしたいか決めればいいこと。伝統を残したい人はそうすればいいし、残す必要はないと思うならやめればいい。あなたのように、いまの時代に合わせた形に進化させたい人はそうすればいい。それを他人にとやかく言われる筋合いはない」と口をそろえて言います。

確かに、私が、日本でも歴史のある企業の仕事に着物ワンピースを着ていくことを躊躇しなかったのは、「私は自分がいいと思ったことをやる」という、アメリカ時代に培ったマインドがあったからだと思います。

フィレンツェへ留学していた時代のイタリア人の友人たちは、スターバックスがイタリアで第1号店(2018年・ミラノ)を出すまでに、なぜ、あれほど時間がかかったのかという観点から、伝統に関する考察を始めています。

彼女たちいわく、イタリア人にとってコーヒーを飲むというのは、18世紀から続く社交としての文化であり、カフェ・ソスペーゾ(お金に余裕がある人が、カフェで2人分のコーヒーを注文し、後から来る貧しい見知らぬ誰かのために代金を払っておくこと)のような人を思いやる場でもあったので、スターバックスが「コーヒー」というアイテムを使って、サービスのチェーン展開を始めても文化にそぐわず、難しいだろうとのことでした。

とはいえ、アイスコーヒーというもともとイタリアにはなかったものが、後から入ってきたものが根付いたところから考えると、伝統的な文化というものは、必ずしも静的ではなく、動的なものもあるだろうとも付け加えてくれました。そして、イタリア人が伝統として大切にしている要素を理解したうえで、地域社会や文化と融合しながら発展していくのが伝統の残し方だというのが結論でした。

ロシア人はどのように考えているのでしょうか。私のロシア語の先生に尋ねると、最近気になっているという、ロシアの戦勝記念日(5月9日)のあり方に対する問題意識について話してくれました。

ロシアは、第二次世界大戦で2600万人以上が命を失うという途方もない犠牲を払いました。第二次世界大戦における国別の人的損失では当時世界最大です。そして、平和を守るために戦った人を追悼し、謝意を表すために、5月9日を祝日としたのです。

しかし、74年の時を経た今、その日に子供にコスプレのように軍服を着せたり、派手な軍事パレードを開催したりするようになり、「戦勝記念日の趣旨がずれている」と感じている人も少なくないと言います。

もともと、戦勝記念日がどのような意味を持つ日なのか、「起きたことを語り部のように語り継いだり、事実に即したドキュメンタリー映画などをつくるなどしたりして、啓発していくべき」だと考えているそうです。そのことの意味を正しく伝え続けてこそ、伝統になるのだと話していました。

「残すべき」ではなく「残ってほしい」で

では、日本人の友人たちはどうか。伝統工芸である漆を現代に残していきたいという思いをビジネスにした貝沼航さんは、一橋大学で「伝統はほんとうに残すべきものなのか?」というテーマで講義をしたときのことを話してくれました。

30人ほどいた学生からの意見の大半は、伝統は「自然に残るのではないか」というものと、「できるだけ残ってほしい」というものだったそうです。貝沼さん自身は、「残ってほしいという人が増えれば、自然と伝統は残る」と思っていると言います。

貝沼さんは、あくまで「自然と」という点が大切で、「残すべきという義務感では文化は残らない。暮らしを豊かに、楽しく、美しくしてきたものが受け継がれ、伝統文化と呼ばれるものになっていくのではないか」と考えているようです。

そして、「残ってほしい」と自然に思う人を増やすため、貝沼さんは「(素材から食卓に届くまでの)過程を繋ぎ直すこと」「価値を伝えていくこと」の2点を念頭において、漆器を広く一般の人々に使ってもらうための活動をしています。

私は、貝沼さんが企画・販売している「めぐる」という漆器を使っています。暗闇で視覚以外の感覚を研ぎ澄ますエンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の案内人(視覚障がい者)の方の感性と、会津の漆器職人のコラボレーションから生まれたこの器は、手に馴染む感触がしっとり優しく、毎日の食事の時間をほっこりしたものにしてくれます。

それだけではありません。この器が私に届くまでの、多くの人の手を経た時間に見合うくらい、私自身は自分や家族へ手間暇をかけているかという、自分の生活の質を問う「器」にもなっています。食事が終わり、器を洗うたびに、「私は自分を、そして家族を大切にできているだろうか?」と考えるのです。

伝統を継承していくということは、伝統を切り離して特別視するのではなく、実際に触れて使って、毎日の暮らしへと自然に溶け込ませること。そうした日々が積み重なって、伝統になっていくのだと思います。伝統は残すべきものか。イタリアの友人から問われた「元号や着物」が残るかは、それらが日常に溶け込むかにかかっているのかもしれません。



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