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森は海の恋人

今、坂越は「生でも食べられるカキ」を食べに、たくさんの方が訪れます。

読売新聞の大型企画で「時代の証言者」がありますが、「森は海の恋人 畠山重篤」が連載中です。

その中から「かき研究所 入りびたる」と「仏で出合った宮城のカキ」を転載しました。
どうぞ!ご一読ください。

畠山さんを知ったのは、文春文庫本「森は海の恋人」ですが、牡蠣、帆立の養殖に従事するかたわら「森は海の恋人」を合い言葉に、気仙沼湾に注ぐ大川流域の室根山へ植樹運動を続けておられます。

<9>かき研究所 入りびたる 2018年12月27日

唐桑中学卒業の頃

カキは1日にドラム缶1本分(約200リットル)の海水を吸い、海水に含まれている植物プランクトンをエラでこして食べ、生きています。このため海の水さえ豊かならば餌代いらず、種苗(カキの種がたくさんついたホタテ貝の殻をロープでつないだもの)を筏いかだにつり下げておけば成長します。こんないい商売はありませんが、当然ながら海が汚れてしまうと、カキも養殖家も生きていくことができません。

もちろん、子供の頃はそんな自然の仕組みは知りもせず、毎日釣りに明け暮れ、釣った魚を、家の廊下にずらりと並べた水槽で飼っていました。それが中学生になると幸運にも、海の生態を学ぶ機会が舞根(もうね)の田舎にやってきたのです。

当時、父親は、西舞根のカキ組合長をやっていて、父を訪ねてカキ博士と言われた東北大農学部の今井丈夫教授が訪ねて来たからです。世界中から多くの種類の親ガキを集めて、人工的に産卵させたカキの赤ちゃんを育てる研究を進めていた博士は、その拠点として、海面が静かで、水深が深く、水がきれいな舞根湾に注目したのです。

やがて財団法人かき研究所が設立されると、日本はもとより世界中から研究者が集まり、三陸の寒村が国際村のような様相を呈したのです。

《今井丈夫は1903年生まれ。カキの人工飼育法、品種改良法などを研究し、61年にかき研究所を正式に設立した》

わたしは準備段階から、学校が終わると、研究所に入りびたり、東北大や北海道大の若い研究者たちからいろいろなことを教わりました。とりわけ印象にあるのは、貝の餌になる植物プランクトンの大切さで、顕微鏡をのぞかせてもらい、その名前や形を教えてもらいました。

カキの殻は多孔質で、畑にまくとバクテリアの巣になり、土が肥沃ひよくになる。海に戻してやればカルシウムに戻り、酸性の海を、魚のすみやすい中性〜弱アルカリ性の海にする力があるのです。カキの養殖には何一つ無駄がないことも教えられました。

ある日、餌となるプランクトンの培養がうまくいかず、研究員たちが浮かない顔をしていた時のことです。そこに今井先生が現れ、「雑木林に行って、腐葉土を採って来て、それを水槽に入れ、上澄みを濾過ろかしなさい」などと命じました。今井先生も若い頃、アメリカで勉強中、プランクトンの培養がうまくいかないとき、腐葉土を採ってくるように指示され、こう言われたというのです。

「何がその中に入っているのかわからないが、森には魔法使いがいる」

それはわたしが海と山のつながりを知る第一歩でした。魔法使いの正体を知るのはそれから約30年後。わたしが「森は海の恋人」の活動を始めてから2年目となる90年のことでした。


<16>仏で出合った宮城のカキ 2019年1月12日

1983年、40歳になり、父がつくった「水山養殖場」の場主になったわたしのもとへ、小柄なパリジェンヌが訪ねてきました。カトリーヌという日本語も使える20代の女性で、家の近くのかき研究所で勉強しているといいます。

わが養殖場のカキをフランス料理店に直売していたこともあり、フランス料理談議で盛り上がりました。おふくろのつくる郷土料理を食べに来るようになるうちに、冗談も言い合うようになり、「いつか、フランスの海を案内してくれませんか」と軽口を叩たたいていました。

それがある日のこと。ソルボンヌ大出身で博士号を持つカトリーヌから突然、「旅の件は、本気ですか。1か月後に帰国するので、本気なら案内しましょう」と言われたのです。

さあ、困りました。4人の子育て中で、借金もあり生活は大変。結局、おふくろに頼みこんで金を工面し、研究所のO君と84年5月、エールフランスに乗り込みました。

新緑のまぶしいパリでカトリーヌと合流し、フランスの新幹線TGVでローヌ川沿いを南下、最初の訪問地モンペリエに到着しました。翌朝、海燕(うみつばめ)の声に起こされたわたしは、すっかり旅気分です。でもロビーで会ったカトリーヌの様子が、昨日までとは違い、じろっと見つめるなり、「その恰好(かっこう)はなんですか」ときた。

彼女は、すでにパリジェンヌから研究者に変身、膝まである長靴をはいていました。こちらはといえば背広と革靴姿……。

「あなたたちは何をしに海に来たのですか!」

こうして視察の旅は始まりました。案内されたラングドック地方は、ローヌ川によって出来た海の水と川の水の混じる汽水湖が多く、宮城産の種ガキをつくる万石浦(まんごくうら)と風景が似ていることに気づきました。

養殖法もわたしたちと同じく海にカキをぶら下げる垂下式で、カキも宮城種と似ている。聞いてみると、カキのルーツはやはり日本だという。

《フランスでは1960年代から70年代にかけて、疫病で国内のカキが全滅の危機に瀕ひんした際に、病気に強い宮城産の種ガキの提供を受けて、カキ養殖業者が救われた》

高校時代、かき研究所の今井丈夫先生から、宮城種をフランスに輸出したことは聞いていたが、ここまで普及していたとは知らず、とても驚き、誇らしい思いでした。さらに、うれしいことに、「ミヤギ種がなかったら我々は生きてゆくことができなかった」と現地の生産者に握手を求められたのです。

地元生産者が経営するレストランでの昼食会は大盛り上がりで、「フランスと日本のカキのために!」と、何度もシャンパンで乾杯しました。実はわたし、下戸でして、お吸い物の日本酒にも敏感な体質。やけ酒ならぬやけコーヒーという人間です。でも、この日ばかりは特別。ついグラスを傾け、酔いも手伝って、地中海の青空のもとで、●松島のサーヨー(●は歌の意味を表す波状の記号)「大漁唄い込み」を声高らかに響かせたのです。
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坂越港に注ぐ川はありません。赤穂市東部の坂越を通り播磨灘(赤穂港)に注ぐ千種川の養分(植物プランクトン)は、海流に乗って、坂越港沖に漂着します。ですから、坂越のカキはきれいな海水を吸って成長しますので、生で食べることができるということで、高級ブランド化しました。

昨年7月の大雨で、千種川上流の木材やプラスチックなどのごみが坂越港に幅5m以上の帯状に漂着し、美しい景観が損なわれたことがありました。これで、千種川の養分が坂越港に流れてくることを知りました。

千種川中流、佐用の農家の方が、山林を手入れする人がなく荒れ果てていると嘆いておられました。千種川上流に計画されている「産廃」は、水道水の原水として反対運動がありますが、「森は海の恋人」からいえば、坂越カキにとって「産廃」や「森」は重大関心事でなければならないのですが、、。



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