トップページ知って得する講座発酵の泰斗と語らう、「不思議な発酵の国・ニッポン」

発酵の泰斗と語らう、
「不思議な発酵の国・ニッポン」

読売新聞の「時代の証言者 小泉武夫」は、3月18日から4月22日まで25回に亘りました。その中から「第3回」と「最終回」を紹介します。

小泉武夫さんといえば「発酵」。

シグネチャーの昨年12月号に、『東京―名古屋―京都 リシャール・ジェフロワ 日本「発酵」紀行』で、小泉さんとの対談が取り上げられました。ジェフロワ氏が日本食の重要な要素「発酵」に理解を深めるためのものですが、日本人自身にとっても興味深い内容です。全文転載しましたので、ご一読ください。

ドン・ペリニヨン醸造最高責任者リシャール・ジェフロワ氏は、人呼んで「シャンパーニュの哲学者」。無類の日本通としても知られる彼が、「発酵」をテーマに日本の三都市をめぐったその旅は、私たちも知らなかったこの国の魅力を再認識させてくれるものとなった。

小泉武夫:東京農業大学名誉教授(農学博士)。発酵学、食品文化論、醸造学研究のかたわら、それらの専門分野をわかりやすく書き綴ったエッセイや読み物を数多く発表。多くのファンを有する。また小説の執筆も手掛け、食文化を材にとった時代小説は、高く評価されている。「味覚人飛行物体」「発酵仮面」などユニークなニックネームが多数あり、メディア出演も多い。

旅のはじめは日本橋――の言葉どおり、ジェフロワ氏が最初に訪ねたのは日本橋「豊年萬福」、日本の食をテーマにした文化情報発信型飲食店である。店内には日本各地で造られた、珍しい発酵食品も数多(あまた)並べられている。迎えてくださったのは、日本発酵学の権威として縦横無尽の活躍を続けておられる小泉武夫先生。「これぞ食の文化遺産!」と、小泉先生お墨付きの発酵食品を、さぁ、楽しもう。

小泉:発酵は、最も古い文化のひとつで、人類のオリジナリティと言ってよいでしょう。縄文時代の遺跡から、「有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)」という、おそらく酒造に用いられた土器が出土しています。この土器の中から、炭化した山葡萄の種が見つかった例もある。たぶん、山葡萄やガマズミ、アケビなども用いて、酒を造っていたのでしょう。つまり日本では、縄文の昔から、豊かな自然の恵みを発酵食品にして保存していたと考えられます。

ジェフロワ:およそ1万年前から?

小泉:納豆のような例外もありますが、ほとんどの発酵食品で塩が使われます。四方を海に囲まれた我が国には、発酵食品を造る素地が整っていたのです。

ジェフロワ:納豆のほかにも、塩を使わない発酵食品はありますか?

小泉:たとえば、高知県大豊町で造られる「碁石茶」は、山茶の硬い葉を蒸して一次発酵させた後、桶に詰めて乳酸菌による二次発酵を促した珍しいお茶です。押し潰して乾燥させた形が碁石に似ているので、この名があります。

ジェフロワ:まるでマディラワインのようなニュアンスがある!ドライプラムのような酸味と、シェリーのようなヒネ香を感じます。「これは本当にお茶ですか?」という香りですが、飲むとお茶にほかならない。ブラインドテイスティングで香りをとったら、きっとフォーティファイドワインだと思ってしまう。

小泉:この「鮭醤油」をひと口どうぞ。

ジェフロワ:サーモンの醤油?魚醤ということですか?(少し舐めて)驚いた!魚醤というので、ガルムやナンブラーをイメージしたのですが、まったくニュアンスが違う。生臭さというものが、ほとんどなく、純粋な旨みのカタマリですね。

小泉:これは、北海道産天然鮭のアラと白子を使った魚醤です。魚の内臓を使っているにもかかわらず、全く生臭さが感じられないのは、臭いの原因となる魚脂を、微生物が分解してくれるため。塩と麹の力なのです。

ジェフロワ:麹?

小泉:米、麦、大豆などにコウジカビなどの微生物を繁殖させたもの。これを食物に加えることで、発酵が促されるのです。室町時代には麹の「座」がつくられ、特権的な力を持っていました。

ジェフロワ:すでにバイオ産業があったのですね。

小泉:日本の食文化は、コウジカビという微生物の力によるところが大です。奈良時代に書かれた「播磨国風土記」にはすでに「大神の御粮沾(みかれいぬ)れてかび生えき、すなわち酒を醸さしめて庭酒(にわさ)を献(たてまつ)りて宴(うたげ)しき」とある。神に捧げた米にカビが生え、それで酒を造ったという記述です。恐らく文献に書かれれるずっと前から用いられていたのでしょうから、実際にはさらに古くから、コウジカビの発酵食品が造られいたと考えられます。そもそも「こうじ」という語自体、「カビたち」や「神立(かむた)ち」に由来すると考えられる、神聖な言葉です。

ジェフロワ:お酒のほかには、どのような食品に麹は用いられるのですか?

小泉:味噌、醤油、酢などの調味料、漬物、甘酒、饅頭など、あらゆる食品に用いられますね。「手前味噌」という言葉があるように、日本人は麹を用いて、大昔からさまざまな工夫を積み重ねてきたのです。

ジェフロワ:「手前味噌」は、素人の料理自慢にも使われる表現ですよね?一般の人も、発酵食品を造ったのですか?

小泉:もちろんです。醤油や酢を造るのは少々難しいですが、昔の農家はほとんどの家で、味噌を仕込んでいました。ここから「手前味噌」という言葉が出ている。漬物はいうまでもありませんね。

ジェフロワ:専門の職人だけでなく、一般家庭でも「麹」を使い、何百年も前から発酵食品が造られてきた、ということが驚きに値しますね。

ジェフロワ氏は、その日本人の営みを「螺旋のようだ」と表現した。四季巡る一年を円に喩えるなら、円環が完結せず、少しずつ先へと続いてゆくことが、経年の証になる。この微妙なズレを含む円運動をかたちで表せば、それは営々と継続する「螺旋」になる。

ジェフロワ:放っておいたら形さえなくなってしまう食物が、発酵によって別の物に変えられ、保存される。本来はそれだけで充分なのに、日本人はさらにそこに美意識を加え、造るたびに、基準を超えた「美味しさ」を求め続ける。その何代にもわたる成果が、これらの多彩な発酵食品なのですね。

小泉:モノづくりそのものが、好きでたまらないのですよ、日本人は。その最高傑作がこの「河豚の卵巣の糠漬」。北陸金沢の名物です。塩と麹に漬けることで、猛毒テトロドトキシンを分解してしまう驚異の解毒発酵食品。これぞ、江戸時代以来の「世界に誇る文化遺産」です。

猛毒……と聞いても、ジェフロワ氏はまったく怯まない。むしろ好奇心のほうが勝った表情で卵巣を口に含むと、囁くような声でひと言「アメイジング!」と漏らし、「これは,ご飯が欲しくなる」と。

おしまいに、ご飯に鰹節を振り、鮭醤油をかけまわしてジェフロワ氏にすすめてみた。「これは、和食の作法としては『やってはいけない下品なこと』とされているのですが」と申し添えて。するとジェフロワ氏は「鰹節に醤油、米……素朴な料理こそ、その国の食の原点が詰まっている。そして、そういう素朴な味わいは最高に美味しい!」と、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、上手に箸を操って、その「猫まんま」を綺麗に完食してしまった。
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日本の食卓が危ない!
3月21日[時代の証言者]発酵はおいしい 小泉武夫<3>

日本人の伝統的な食文化である「和食」が一昨年末、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されました。私も「登録に向けた検討会」の委員としてお役に立てたことを喜んでいます。

私が70歳を過ぎてこんなに元気なのも、低脂肪・低カロリーでミネラル豊富な和食を食べ続けてきたおかげだと思います。

日本人は2000年にわたって主に七つの食材しか食べてこなかった。まずは「根茎類」。大根やニンジン、芋、ネギなど土の中で育った根や茎です。それから白菜、ほうれん草、小松菜などの「葉菜類」。キュウリやリンゴなどの「青果」も大事。「豆類」では特に大豆が食べられた。「山菜・キノコ」は山の恵み。昆布、ワカメ、ヒジキ、ノリなどの「海藻」。そして主食の米、麦や蕎麦といった「穀類」です。

これらはすべて植物です。日本人は世界一のベジタリアンだった。

もちろん手に入った時は肉、魚、卵などの動物性たんぱく質も取りましたが、これがなくても和食は成立する。たんぱく質不足だったと思うかもしれませんが、味噌や豆腐、納豆を食べて大豆のたんぱく質をたくさん摂取していました。

でも私は今、日本の食卓に危機感を抱いています。和食の基本はご飯、味噌汁、香の物や煮物といった「一汁三菜」ですが、こうしたバランスのよい和食を食べる人が減っています。

《博報堂生活総研「生活定点2014」によると、「お米を1日1度は食べないと気がすまない」人は53・5%で、調査を始めた1992年より18ポイント減。「和風の料理が好きな方だ」も53・6%で減少傾向にある》

健康、ダイエットにいいと和食が外国人から注目されている一方で、日本人の肉、油の消費量はこの40〜50年で3、4倍に増え、高脂肪・高カロリーの食生活に変わった。草食のウサギが肉ばかり食べたら、病気になってしまうのではないでしょうか。

中国、韓国、ロシア極東、東南アジアなど世界中の食文化を調査してきましたが、1、2世代でこれほど食生活を急激に変化させた国はありません。伝統の食だから守れと感情論を言っているのではありません。栄養学的にみてバランスのとれた健康食、長寿食だということをもっと日本人に知ってほしいのです。

ある調査で、子どもたちに好きな学校給食を聞いたら、鶏の空揚げ、ハンバーグ、ライスカレー、ギョーザなどが上位にきた。回転ずし、特にサーモンというのが唯一の「和食」だったというんです。

食育の大事さが注目されていますが、食育すべき相手は子どもではなく、お母さんやお父さん、つまり大人なのだと思います。共働き家庭などでは大変だとは思いますが、子どもにとっては生涯を決定付ける大きな問題。和食のおいしさを知る前に、油の多い食べ物に舌がなじんでしまうのは残念なことです。
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農業再生へ走り続ける
4月22日[時代の証言者]発酵はおいしい 小泉武夫<25=最終回>

私は発酵の専門家、食文化論者ですが学者じゃない。「実学者」なんです。

この10年は農業を元気にするため、北海道や山梨、熊本など全国を飛び回って来ました。発酵の知識を駆使して、おいしい特産品を開発し、どんどん売っちゃおうというわけです。

北海道では農政部食品政策課と一緒に「小泉博士の北うまっ!」プロジェクトを昨年まで8年やりました。北海道は立派な農水産物がとれるが、1次産品で出荷していた。これでは農家はもうかりません。

例えば酢。原料になる麦や米の産地なのに全部本州から買っていた。そこで早速、上湧別町(当時)の麦農家と造ったのが「麦出酢(むぎです)」。網走産のカボチャ100%のシロップ「シンデレラの雫」というのも開発した。カボチャの豊富なビタミンを壊さない発酵技術を使った「飲む点滴」です。両方ともネーミングは私。

いま力を入れているのが熊本県のプロジェクト。赤大豆の甘納豆、有機トマトのパスタソース、梨の万能たれなど約60品目を作ってPRしています。

日本農業が生きる道は付加価値の向上しかない。収入が増えれば後継者ができ、お嫁さんも来て、子供の元気な声が響く町になる。

《全農業経営体の2013年平均総所得は472万7000円。うち農業所得は132万1000円》

若者が土に触れ、食料を生産する体験をすることも農業再生には重要です。そこで私が考えているのが18〜25歳の若者を全国500市町村の農家に50人ずつ、計2万5000人を2年程度派遣する就農制度です。

大学生の場合、国が年間授業料50万円と交通費5万円、日当150日×2000円を支給する。かかる予算は1人85万円。勉強は毎晩、ネットで授業の動画を見たりすればいい。会社員なら月給補填25万円×6か月、交通費5万円で1人年間155万円を国に出してもらう。大学生と会社員を半々で派遣するなら年間300億円で実現できる。日当を上乗せする自治体も出てくるでしょう。

この小泉方式は夢物語ではありません。私が教える大学などでこのアイデアを紹介し学生の反応を見ているのですが、関心は高い。「農家の平均年齢は67歳。お年寄りが作った米、野菜を君らは口を開けて待つだけでいいの?」と問いかけ、「この方式なら農家に行くという人は」と聞くと、8割が手を挙げるのです。中には農家になったり、町に住み着く人も出てくるでしょう。楽しみです。

私に残された仕事は、日本の農業を再生させることだと思い定めています。発酵食の力で、あと10年は頑張れます。

さて、あしたは何を食べてやるかな。

この連載は編集委員の柴田文隆が担当しました。
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この連載には、それぞれ写真が一枚あるのですが、第3回は、

ご飯、アサリの味噌汁にメザシ、納豆、香の物という一汁三菜の食事。
「これが和食の正しい姿です」(自宅の台所「食魔亭」で)=鈴木竜三撮影

とあります。
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リシャール・ジェフロワさんの日本「発酵」紀行は東京―名古屋―京都です。

名古屋は、醸し人九平次、久野九平治さんとの出会いです。

精米歩合によって大きく変わる日本酒の味香に瞠目今、フランスで最も注目されている日本酒』と評判の高い蔵元『醸し人九平次』。著名な造り手でありながら、否、なるがゆえに、そこに集う人々は、常に見果てぬ「最良」を目指し続ける。「人間の技術は、素材のポテンシャルを凌駕することができない」―――との熱い思いは、彼らの酒の原点である米づくりへと向かわせた。名古屋市緑区大高にある酒蔵から遠く離れた兵庫県・黒田庄(現西脇市)、この酒造米、山田錦の名産地で「醸し人九平次」の若者たちが奮闘している。

そして、京都は東山真葛ヶ原・菊乃井、村田吉弘さんとの出会いです。

エスプリに語りかえる「旨み」。その原型は母の乳

「冬瓜の吸い物仕立て」のお椀。冬瓜の中には、海老のすり身が入っている。繊細なお出し汁が優しい冬瓜の味わいを包み込んだ、淡く上品な味わいは、ほのあかりが灯ったような人心地へといざなう。舌鼓をうつジェフロワ氏に、「食材のアンジュレーションを理解してくれている」と、村田吉弘氏。こういうのを、「料理人冥利」と言うそうだ。



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