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脳梗塞と認知症!

日経ビジネスONLINEの2月24日の河合薫の新・リーダー術「上司と部下の力学」の『「認知症は作られる!?」介護離職の複雑すぎるリアル 究極のワークライフバランスに取り組む時期が来た』から、冒頭と結びを抜粋転載しました。

知人が会社を辞めることになった。理由は、介護だ。

「半年前にはこんなことになるなんて、これっぽっちも考えてなかった。半年どころか、3カ月前もです。親の変化は、ある日突然くると同級生から聞いてましたが、自分が当事者にならないと、この大変さって分かりませんね」

“変化”が起きたのは、半年前のある晩のこと。昼間は元気だった父親が「頭が痛い」と、いつもより早くベッドに入った。

翌日、病院に行くと脳梗塞を起こしていることが判明。ひと月の入院を強いられ、退院したときには介護が必要な状況で、その後は日を追って年老いていったそうだ。

「このままでは、母もおかしくなる」――。そこで退職を決めたのだと言う。

実は、この半年間で、私の周りで立て続けに“親の変化”が起こっている。おそらくそういう年回りなのだと思う。80歳前後になった両親、特に父親に変化が起こり、「お互い、大変だな」「うん」何度、こんな会話を繰り返しただろう。

そう。実はうちの父にも、“変化”が起きた。

その一週間前まで、連日ゴルフに行き、「やれ、大学の同窓会だ!」「それ、幼稚園の同窓会だ!(はい、間違いなく幼稚園です)」とバリバリ元気で、「そんなに鍛えて誰に見せるわけ?」と笑ってしまうほど、腹筋・背筋・腕立て伏せをやっていた父に、“変化”が起きた。

ある日、突然の出来事だった。

入院とともに体力は著しく低下した。それでも退院後は、鍛えていただけあって肉体的には、驚異的な回復力をみせている。だが、精神面はダメだ。まるで坂道を転げ落ちるように入院中に“変化”し、どうにか瀬戸際で食い止めてはいるものの、一歩進んで三歩くらい下がる。

「良かった、もう大丈夫!」と安堵する日と、「嗚呼、どうしたらいいんだろう」と途方に暮れる日が入り乱れ、「親の変化と向き合うのは、物理的にも精神的にも容易じゃない」と、心底思う。

「追い込まれるから必死にやるんでしょうに……」――。以前、私が介護問題について書いたコラムに、こんなコメントをくださった方がいたが、その言葉の重さをつくづく感じている。

人は実に勝手で、愚かで、ちょっと悲しい存在で、どんなに「介護、介護、介護問題をどうにかしなきゃ!」と問題提起しても、当事者にならない限り、所詮他人事。そのときがきて初めて、出口の見えない孤独な回廊に足がすくむ。

―――<中略>―――

元気だった親が認知症になるワケ

最後に、親の変化に直面して、私が感じているいちばんの問題を書く。「プレ介護」すなわち、要介護状態を作らないことの重要性だ。あくまでもこれは私の個人的な意見なので、それを踏まえたうえで聞いてほしい。

よく「高齢者は入院するとボケる」というが、私の友人の父親も似たような状況になり、病院から「認知症かもしれない」と言われ、病気は治ったにも関わらず、認知症での介護が必要になった。

私の父にもやはり“変化”が起きた。最初の入院で、父とコミュニケーションをとるのが少しだけ難しくなった。

「パパ!」と耳元で話しかけてからじゃないと、会話をしない。話していても、「分からない」と、考えるのをやめることが増えた。入院するまでは好奇心旺盛で、私の仕事にもいろいろと言ってきたのに、元気な時とは180度異なる精神状態に、父は陥ってしまったのだ。父がお世話になっている医師は、とても良心的で、「病院という環境はよくない」と外出や外泊を積極的に許可し、薬も出来る限り減らし、大きな声でゆっくり何度も何度も病状やら今後のことを父に話してくれた。それでも、父はちょっとだけ変わってしまったのだ。

幸い、なんとか今は元に戻りつつあるのだが、「今後入院することになったら……」と考えるだけで恐い。

だがよくよく考えてみれば、高齢者じゃなくても、身体が悪くなり、一日中ベッドに寝て、美味しくない食事を食べていれば精神的ダメージは受けるはずだ。

「○○さん、具合どうですか〜?」
「○○さん、体温はかりましたか〜?」
「○○さん、血圧はかりますよ〜」
「○○さん、お通じはありましたか〜?」

と連日、看護師の方から問いかけられ、「はい」「大丈夫です」「ありました」なんて言葉しか発していなきゃ、気分だって落ち込んでいく。

ただ、高齢者のほうが、高齢であるがゆえに体力低下が顕著で、高齢であるがゆえに物忘れが激しくなり、高齢であるがゆえに物事への興味が失われやすい。喪失感もある。

なのに、「認知症」「老人ウツ」「一過性痴呆症」など、高齢者であるがゆえの病気がつけられ、その途端、病人扱いされ、老人扱いされ、薬が処方され、引き続き入院させられ……。

そうやってホントに介護や見守りが必要な状態になっていくんじゃないかと。
そうやって、元気だった親たちが、いわゆる「認知症」になっていくんじゃないか、と。そう思うようになったのである。

フランスに駐在していた知人が、「フランスの病院の食事はとにかくウマい!」と話してくれたことがある。日本の病院の食事は、身体にいいものを提供するので、味は二の次、いや、三の次くらいで、あまり美味しくない。

だが、フランスでは「食事の美味しさ」を大切にする文化を背景に、「美味しい物を食べた方が、元気になる」という考え方が、病院にまで普及しているのだという。

「美味しい!」「 面白い!」「 楽しい!」「 うれしい!」という感情を、もっと大切にした病院。病気というマイナスの力に遭遇したとき、プラスの力である「元気になる力」を増やす医療。これこそ難しい、夢物語かもしれないけれども、病院、地域や企業など社会全体で「病院で過ごす時間のQOL(quality of life)」 を向上させれば、介護状態を作らないで済むんじゃないか、と。とまぁ、あれこれ、考えるわけです。

これはドイツの例です。そして、日本ではさわ病院でしょうか。
<http://www.chiffonya.com/shop/kouza/titoku213.htm>



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