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「江戸前」の語源って、ご存知ですか。

「江戸前」の語源って、ご存知ですか。
知りますと、すしの「こはだ」「赤身の漬け」「はまぐり」「あなご」、てんぷらの「きす」「めごち」「はぜ」を食べたくなります。料理評論家山本益博さんの「味な話」です。

10月12日の読売新聞「味な話」料理評論家山本益博(2)の転載です。

「江戸前」=「職人仕事」

「江戸前」といえば、ほとんどの方が思い浮かべるのは、すしではなかろうか。江戸時代、いまの東京湾で獲れた魚介をすし種にして、にぎりずしを考案した。

大都会に大人数の人間がひしめき合っていたこともあり、江戸っ子はなんでもミニチュアにすることに長けていた。すしでも、関西の棒ずしに使われる鯖に代わるものを探し、小肌という青魚、煮ても焼いても生で食べても少しも美味しくないのに酢締めにすると、抜群の美味しさを発揮する小魚を見つけて、これを握ったのだった。だから、江戸っ子の美学は「粋」ではなく「小粋」なのである。

じつは、天ぷらのてん種も同様である。東京湾で獲れたきす、めごち、はぜといった小魚を大量の油で揚げて、尻尾まで愛でるようにして食べた。いま、てんぷら屋のてん種の8割は、東京湾産という。東京湾は入り口が狭く、奥が大きく広がっている。この湾に数えきれないほどの川が流れ込んでいて、魚介には格好の汽水域を作り上げてる。1トン以上の水揚げのある魚介は100種超にも上るという。これに比べ、桜島周辺の鹿児島湾には一本の川も流れ込んでいないため、海水と真水が混ざり合う汽水域が形成されないものだから、魚介はとても乏しい。

てん種に比べると、いまやすし種の8割が東京湾以外で獲れた魚介という。それでも、にぎりずしと江戸前は固く結びついて離れる様子はいまだに見られない。

「江戸前」の語源は、初めに述べたように、江戸城の前に広がる海で獲れた魚介をすし種にしたところから名づけられたということになっているが、いま2割ほどの魚介しかなくても「江戸前」と呼ばれておかしくないのは、昔からもう一つの意味が含まれていたからではなかろうかと、私は思うのである。

私たちは「自前」「お点前」「男前」などというときも「前」を使う。それぞれ、方法、流儀、スタイルといった意味合いが込められている。「江戸前」もそれらと同じではなかろうかと考えるのである。

つまり、小肌は酢締めにして「ひかりもの」として、江戸のにぎりずしの極め付きにする。小肌の向こうを張るまぐろは、その赤身を醤油の樽に漬けて「づけ」にする。

はまぐりやあなごは甘く煮含める。どれも酢めしに合うように調理されたすし職人の仕事なのである。

この「小粋」な職人仕事を「江戸前」と言ったのではなかろうか。産地ばかりに気を取られて、職人たちの地道な仕事ぶりが評価されないと「江戸前」は衰退するばかりである。

 


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