トップページ知って得する講座遺伝子異常の野菜を食べていることを知っていますか?

遺伝子異常の野菜を食べていることを
知っていますか?

おでんが美味しい季節になりました。

おでんといえば、大根ですが、その大根はやわらかく、すぐ煮えて、煮過ぎるとぐずぐずに崩れるタイプですか、それとも、生でかじると辛く、煮ることで甘みに変わって、どんなに煮ても煮崩れしないタイプですか。

前者がF1種の大根で、後者が固定種の大根です。F1種は「雄性不稔(ゆうせいふねん)」という花粉のできない突然変異(遺伝子異常)の株を母親にして作られています。

遺伝子組み換えの野菜はNOだけど、遺伝子異常のF1の野菜はOKですか。

この雄性不稔のF1玉ねぎが発表されたのは、1944年のことです。
こんな野菜とは知らずに食べている現実を、ぜひ知って頂きたいと思います。
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以下は、野口勲著「タネが危ない」から「はじめに」の転載です。

昔は、世界中の農民が、自家採種をしていた。

よその土地から入手したタネでも、よくできた野菜からタネを採れば、その野菜はその土地に適応して、その風土に合った子孫を残す。こうした植物の適応力を馴化と言い、馴化と交雑によって、世界各地にさまざまなその土地固有の野菜が生まれた。

自分でタネ採りをしてみるとよくわかるが、植物が異なった環境に適応し、生育して、土地に合った子孫を残そうとする力は、真に偉大としか言いようがない。

よくできた野菜を選抜し、タネ採りを続ければ、普通三年も経てばその土地やその人の栽培方法に合った野菜に変化していく。たとえ土地に以前からあった野菜と交雑したりしても、それはそれで、八年も選抜していると雑種形質が固定し、その土地の新しい地方野菜が誕生したりする。

長野県の野沢菜の先祖が大阪の天王寺かぶだったのは有名すぎる話だが、このように野菜が旅をして変化していった例は、新潟のヤキナスのもとが宮崎の砂土原ナスであったり、山形の庄内だだちゃ豆は藩主の移封によって新潟から運ばれたものだという話など、枚挙に暇がない。

と言うより、もともと地方野菜とは、よそから伝播してその地の気候風土に馴化した野菜ばかりなのだから当然である。これこそ人間が移動手段を提供したために、旅をしながら遺伝子を変化させ続けてきた、野菜本来の生命力の発露なのだ。

生命にとって変化は自然なことで、停滞は生命力の喪失である。変化を失った生命はもう生命とは言えない。気候風土や遭遇する病虫害に合わせ、己自身の内なる遺伝子に変化を促し続けてきた地方野菜こそ、生命力をたぎらせた野菜本来の姿なのだ。


日本のタネ屋の発祥は江戸時代で、栽培した野菜の中で一番よくできたものはタネ用に残し、二番目を家族で食べ、三番目以下を市場や八百屋さんに売ったことから、近隣の評判を呼び、タネを求める人が多く訪れ、専業のタネ屋が生まれたと言われている。

江戸に種苗店が二軒誕生したのが元禄年間(1688〜1704年)、フランスの農民がヴィルモラン種苗商会を創業したのが1742年(寛保二)というから、東西で同じころ、良いタネを選抜して形質を固定して販売するタネ屋の歴史が始まったようだ。一般の農民は、こうして形質が固定された野菜のタネ(固定種)を買い、何年も自家採種して、その土地に合った野菜にしていった。1960年頃までは、世界中で販売され生産される野菜のほとんどのタネは、この固定種だった。

固定種とは、味や形などの形質が固定され、品種として独立していると認められるタネのこと。農家が自家採種したけれど、交雑などで雑駁になり雑種化した、いわゆる在来種と区別するための種苗業界の用語で、いわばタネ屋の自慢のタネである。本書で以後詳しく説明する一代雑種(F1、First filial generation) に比べ、単一系統の遺伝子しか持たないので、種苗業界では「単種」と言われることもある。要するに、大昔から人類が作り続け、タネを繰り返し採りながら品種改良してきた野菜のタネのことだ。

「なあんだ。じゃ、普通の野菜のタネのことじゃないか」と、思われる方がいるかもしれない。しかし、現在スーパーなどで普通に売られている野菜のタネは、ほとんどがF1とか交配種と言われる一代限りの雑種(英語ではハイブリッド)のタネになってしまっていて、この雑種からタネを採っても親と同じ野菜はできず、姿形がメチャクチャな異品種ばかりになってしまう。


明治以後、メンデルの法則により、雑種の一代目には両親の対立遺伝子の優性(顕性)形質だけが現れ、見た目が均一に揃うことが知られるようになった。また系統が遠く離れた雑種の一代目には雑種強勢(ヘテロシスまたはハイブリッドビガー)という力が働いて、生育が早まったり、収量が増大することがわかった。こうした原理を応用して人工的に作られたタネがF1種である。雑種の一代目だけが揃いの良い生育旺盛な野菜になるので、農家は毎年高いタネを買わなくてはならない。

東京オリンピックを契機にした高度成長時代以後、日本中の野菜のタネが、自家採種できず、毎年種苗会社から買うしかないF1タネに変わってしまった。

F1全盛時代の理由の第一は、大量生産・大量消費社会の要請である。収穫物である野菜も工業製品のように均質であらねばならないという市場の要求が強くなった。箱に入れた大根が直径8センチ、長さ38センチというように、どれも企画通り揃っていれば、一本百円というように同じ価格で売りやすくなる。経済効率最優先の時代に必要な技術革新であったと言えるだろう。

これに比べ、昔の大根は同じ品種でも大きさや重さがまちまちで、そのため昔は野菜を一貫目いくらとか秤にかけて売っていた。これでは大量流通に向かないから、工業製品のように規格が揃ったF1野菜に取って代わられた。

固定種は、形質が固定されたとは言っても、一粒一粒の種の多様性を持っているため、生育の速度がバラバラになる。一斉に収穫できないから、早く畑を空にして次の作付けをすることもできない。一度蒔いたタネで長期間収穫できるというのは家庭菜園にとってはありがたいことだが、一定規模の畑を年に何度も回転させ、いくら収益をあげるかが生活基盤になるプロの農家にとっては、F1こそが理想のタネになる。

近年、全国の種苗店のみならず、ホームセンター、JAでも、F1のタネばかり販売するようになったが、野口種苗は全国で唯一、固定種のタネの専門店を自称している。揃いが悪いので市場出荷には向かないけれど、味が好まれ昔から作り続けられてきた固定種は、家庭菜園で味わい、楽しむ野菜にぴったりだ。

自家採種して土地に合った野菜を育てられるということは、有機無農薬栽培や無肥料栽培の畑にも向いているということでもあり、生命本来の無限の可能性を秘めたタネなのである。時代遅れと言われようと、多様性を持ちながら、品種としての純度を高めた意味合いを持つ「固定種」という言葉に、こだわりを持ち続けていきたい。

「一粒万倍」という言葉に示されるように、一粒の菜っ葉のタネは、一年後に約一万倍に増え、二年後はその一万倍で一億倍、三年後には一兆倍。四年後は何と一京倍だ。健康な一粒のタネは、こんな宇宙規模にも匹敵する生命力を秘めている。

F1種は現在、雄性不稔という花粉のできない突然変異の個体から作られることが多くなっている。子孫を残せないミトコンドリア異常の植物だけが、たった一粒から一万、一億、一兆、一京と無限に殖やされて、世界中の人々が食べていることを、どれだけの人が知っているだろう。子孫を作れない植物ばかり食べ続けていて、動物に異常は表れないのだろうか。タネ屋の三代目だから感じた素朴な疑問を、しばらく追求してみたい。
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こちらのブログで「F1と雄性不稔」を分かりやすく説明しています。
<http://www.peacefulcuisine.com/blog/2013/05/post-264.html>
固定種農家リストは・・・・・
<http://www.peacefulcuisine.com/blog/2013/05/post-265.html>

生命のことをずっと考えてきた人 菅原文太(俳優、農業)

埼玉県飯能市の小さなタネ屋の主、野口勲さんの風貌は、グリム童話に出てくる靴屋の親父を彷彿とさせる。善良で勤勉、酒飲みで知恵がある。その知恵で、野口さんは農業のこと、タネのことだけを考えてきたわけではない。野口さんが考えてきたのは何よりも「生命」のことだ。人の生命だけでなく、生きているものすべての、かけがえのない生命のことをずっと考えてきた。

第二次世界大戦に敗れて以来、生命を尊ぶ社会はこの国では影を潜めた。餓死者こそないものの、自殺者や交通事故死の数は、数えることすらためらわれるほどの数である。BSE、口蹄疫、鳥インフルエンザが発生したとなると、人間の生命だけが大事とばかり、大量の家畜の殺処分を命じる政治行政の無機質な感覚に、誰も表立って異議をとなえることもない。一方、都会では、ペット犬を溺愛する老若の姿が微笑んで受け入れられ、また朱鷺の繁殖に一喜一憂する風潮には、生命の尊厳を深く考え、深く思うことのなくなった社会の底の浅さと危うさが見え隠れする。

だからこそ地方都市の小さなタネ屋、野口勲さんが在来種、固定種のタネを守ることの大切さについて控えめな口調で語り続けてきたことが、心を打ち、深く共感を呼ぶのだ。

野口さんの精神は、詩人であり、タネ屋の二代目を継いだ父上、野口家嗣さん譲りかもしれないし、手塚治虫さんの漫画の編集に携わってきた中で、手塚さんの影響を受けて育んできたのかもしれない。いや、北関東の在来種である野口さんのタネについての信念と哲学は、日本人すべてが、風土を愛する中で、本来脈々と受け継いできたはずだ。東北の在来種の私には、この歳になるとそのことが一番尊く思われる。
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野口勲さんが「タネが危ない」の第5章で、「ミツバチはなぜ消えたか」は雄性不稔が原因だったのでないかと仮説を立てられています。

「玉ネギやニンジンは雄性不稔の代表である。子孫を作れない玉ネギやニンジンの母親株に、健康な父親株から花粉をつけるため、ミツバチが必要なのである」

そして、

「もし雄性不稔の蜜や花粉を餌に育ったミツバチが無精子症になっているとしたら、ミツバチで起こったことは、同じ動物である人間にもきっと起こるだろう。そのとき世界中の食糧作物がみんな雄性不稔になっていたら、取り返しがつかないのだ」

これはまったくのフィクションでしょうか?
家庭菜園をやっておられる方は、「タネが危ない」をぜひご一読ください。


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