トップページ知って得する講座和食が無形文化遺産登録!高級日本料理でなく「一汁三菜」

和食が無形文化遺産登録!
高級日本料理でなく「一汁三菜」

富士山が世界遺産に登録されたのに続いて、無形文化遺産に「和食」が登録されることになりました。

寿司や天麩羅という個別の料理や懐石料理というような和食ではなく、食を取り巻く文化として高く評価され、世界的な文化財として守るべきというのが提案内容です。

登録を推進した京都祇園の老舗料亭「菊乃井」3代目、日本料理アカデミー理事長村田吉弘氏のインタビュー記事を紹介します。併せて、社団法人農山漁村文化協会発行「聞き書 東京の食事」の「はしがき」を転載しました。ご一読ください。

以下は、10月26日読売新聞「編集委員が迫る」の転載です。

国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)が「和食」を世界の無形文化遺産に登録する見通しになった。最近は海外で高く評価される和食だが、「国内では危機的状況。伝統文化の面から保護する必要がある」と持論を展開、登録に向けて積極的に活動してきたNPO法人日本料理アカデミーの村田吉弘理事長に聞いた。(聞き手永峰好美)

「和食」継承に大学教育

世界無形遺産

――12月に正式に決定されれば、食に関する無形文化遺産としては、フランスの美食術や地中海料理などに続いて世界で5番目の登録になる。

「和食は、このまま何もせずに放っておけば消滅してしまうといった危機感が私にはあった。日本料理アカデミーは、日本料理を正しく海外に伝えることを目指して設立された組織だが、国内では、料理人自らが全国の小学校を回って食育を指導する活動も行っている。すると、『和食って何?』『食べたことない』と答える子どもが多いことに驚く。ご飯は味がないから食べないと、敬遠されている」

――今回のニュースで、和食に対する関心が高まっている気がするが。

「身近にあって気づかないでいたことが、世界で大きく評価された結果、それなら今一度見直してみようかという機運につながっているのは喜ばしい。登録の基準で、ユネスコから最も問われているのは、適切な保護措置が図られているかどうかだ。和食文化を保護する制度改革やシステム作りの推進に弾みがつくのではと期待している」

――具体的には?

「日本初となる和食の高等教育機関の設置がある。従来のように既存の学部の中に食のコースを設けるのではなく、大学や大学院に和食の専門課程(学部)を新設する。老舗料亭の息子が特権的に代々継承していくのではなく、多くの若者や志を持った外国人に広く開かれた学びの場にして、後継者を育てたい。

また、海外のレストランから日本料理店に派遣された外国人料理人が働きながら学べるように、京都市は特別措置を求めているが、11月下旬には特区として認定される見込みだ」

科学的根拠

――世界中を旅して外国人に和食を教えている。最近気づくことはあるか。

「誰もが、『DASHI』『UMAMI』というキーワードを口にするようになった。だしはカロリーゼロに近く、健康面でも注目されている。決定的だったのは、2000年代初め、アメリカの研究グループが、舌の中にうま味物質を受け止めるレセプター(受容体)を発見したこと。うま味は、概念ではなく、科学的に解明できる物質だったのだ。

それ以来、世界のトップシェフたちは、うま味をコントロールすることが料理のポイントであると理解し、だしについて熱心に学び始めた」

――海外で昆布とカツオ節を入手するのは難しいのではないか。

「必ずしも昆布とカツオ節である必要はない。たとえば、世界のベストレストラン一位に選ばれているデンマークの『ノーマ』のシェフは研究を重ね、干したトナカイの後ろ脚と近隣の海で採れる海藻を用いてだしを取ることを覚えた。だしを使うことでカロリーは減り、油の調理と違って素材そのものの味を生かした料理が登場してきた。革新的な若手シェフたちによって、いま世界の料理はがらりと変わろうとしている。和食の影響力は、海外では目を見張るほどだ」

――外国人にうま味をどのように教えているのか?

「まず昆布だしを飲ませて、カツオ節を食べさせて、もう一度昆布だしを飲ませる。すると、昆布に含まれるグルタミン酸とカツオ節のイノシン酸の相乗効果で味わいが増幅する。そこに塩やしょうゆを加えると、さらにうま味が強く表現される。勘のいい人はすぐにわかるし、トレーニングで学ぶ人もいる。日本人にはなじみのある薫蒸香でも、生臭さを感じて嫌う外国人は少なくない。後は経験を積み重ねて慣れるしかない」

家族一緒に食卓囲もう

――一方で、国内では和食離れが深刻化している。

「経験という点では、日本の子どもたちも外国人と同じ。親が面倒がって和食を作らず、食べる機会がないのだ。でも、食育の授業で、プロの料理人がだしを一から取ってきちんと作ると、ひじきでもおからでも、『おいしい』と残さず食べてくれる」

――今回登録の対象となるのは、懐石とか寿司とか特定の料理ではなく、「『自然の尊重』という日本人の精神を体現した食に関する『社会的習慣』」という。つまり、日常の食生活スタイルそのものが問われている。

「毎日でなくても、家族が一緒に食卓を囲んでおしゃべりする習慣をぜひ取り戻してほしいと願う。年中行事も大切にしたい。地域色はあっても、北から南まで、元旦に同じ雑煮を食べる伝統が残る民族なんてユニークで珍しい。地域の付き合いを煩わしく感じる人もいるだろうが、冠婚葬祭から祭りまで、集まりの中心にはいつも和食があった。コミュニティーを含めて地域の食文化を継承し、守っていくことが求められている」

おもてなし

――東京五輪に向けて、日本人のおもてなしの心が話題になったが。

「おもてなしこそ、『日本人の精神の体現』、和食の神髄だ。相手の立場に立って物事を考え、心を配ることを、仏教では『心施こころせ』という。おもてなしの心は、ずばりこの言葉で表現できる。

東京五輪は、和食がさらに世界に飛躍するチャンスだが、まずは、2015年のミラノ国際博覧会でアピールを考えている。映像を駆使した体験型の和食パビリオンを展開できたらいいと構想をまとめているところだ」

世界に誇れる食文化(永峰)

来日する外国人から「和食は素晴らしい!」と称賛の言葉をかけられることが多くなった。盛りつけの美しさ、多様な食材の豊かさ、季節感の演出、健康的な栄養バランス。そんな魅力を列挙されると、「そうでしょう」と胸を張りたくなる。

世界を飛び回る村田さんは「日本の食材ほどおいしく完成度の高いものはない」と強調する。だからこそ素材を生かした和食の継承は次世代への責務と言う。世界遺産への登録は、日本人自身が日本の食文化の豊かさに気付き社会や家族のつながりを見直す好機と考えたい。

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▼以下は、10月23日読売新聞「よみうり寸評」の転載です。

<和食 日本人の伝統的な食文化>がユネスコ(国連教育・科学・文化機関)の「無形文化遺産」に登録される見通しになった◆と聞いてうれしく思ったが、さて<和食>と言えば、あなたなら何を思い浮かべますか。すし、天ぷら、ウナギ、そば……、あるいは、おせち料理やお茶漬け、おにぎりまで多種多様だ◆和食の推薦書では、四季や地理的な多様性によるさまざまな食材の使用、自然の美しさを表した盛りつけ、正月や田植えなど年中行事と密接に関係する社会的慣習などがあげられている◆「農山漁村文化協会」刊行の「日本の食生活全集」全50巻を思い起こす。各巻聞き書きで「新潟の食事」「石川の食事」……、各地の郷土食を掘り起こしている◆「おばあさんが語る食」「かあかの心と技」など日本の伝統食は十分、世界に誇れる。和食の無形文化遺産登録に胸を張りたい。同時に改めて見直してもみたい◆日本は他に類を見ない和洋折衷の食文化を創り上げてきた。それも喜びながら、伝統を尊重しよう。
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▼以下は、「聞き書 東京の食事」の「はしがき」の転載です。

本書では、大正から昭和初期にかけて東京各地に生きた13人のお年寄りから、当時の食べものの世界の話をうかがっています。四季おりおりの食べもの、祭りや行事のときの楽しくはなやかな食事、そして食べものの一つひとつの作り方、思い出の聞き書きです。

昭和のはじめ、東京の人口は約500万人、ロンドン、ニューヨークに次ぐ世界的な大都市でした。その東京には、自然や伝統に結びついた独自の食の素材や郷土料理があったのでしょうか。東京の人たちの食べものには、職業、年齢、季節などが反映されていたのでしょうか。

これらは、本書の企画にさいして直面した大きな謎でしたが、だが、残念ながら、それにこたえてくれる書物や研究資料は皆無に近いものでした。

聞き取りが進むにつれて、謎を解明する一つの要素は、東京湾が育んだ魚介類であることが確認されました。東京湾は、房総半島と三浦半島とに囲まれた海で、砂場や磯場をもつ「日本一の浅海魚介類の宝庫」です。多摩川、隅田川、荒川、中川、江戸川の河川は、魚の餌になる養分を広い関東平野を通りながら運びます。はぜ、きす、いわし、かれい、しゃこ、あさり、のりなど、江戸前の魚介類がさまざまに料理され、庶民の日常の食卓に登場してきます。

もう一つの重要な素材は、近郊農家が生産する野菜類です。近郊には練馬大根、亀戸大根、滝野川ごぼう、金町こかぶ、こまつな、千住ねぎなど、それぞれ育成地や特産地の地名をもつ個性的な野菜類がつくられていました。こうした背景があって東京の食事が成立していたといえましょう。

ところで、大都会東京は、大都会なるがゆえに、ある種の郷土食が育ったのです。東京人の8割以上は地方出身といわれます。その人たちは全国各地の伝統食、ふるさとの味覚を東京に持ちこみました。また大正〜昭和期は、西洋料理、中華料理など、明治時代に導入された外国からの料理が一般家庭にようやく普及しはじめた時代です。コロッケ、カツ、すき焼き、ライスカレーなどの和風洋食なるものが家庭で作られるようになり、一方、牛乳、バターをはじめ、パン、ソース、化学調味料など、今でいう食品産業の手になる食品も登場します。加えてガスの普及は、複雑な調理法を可能にさせました。農村部と対比して、都市独自の姿が食事の面からも浮かび上がってきます。

本書の東京の町場、近郊の章では、いろいろな職業、年代の人たちの食事を、四季の暮らしの営みの中で表現することに努めました。深川、本所、浅草、日本橋、四谷、大崎、大森、世田谷、葛飾に取材しますが、東京の町には、祭りや行事とも結びついた鮮明な季節・しゅんがあったことを浮き彫りにすることができました。町内の魚屋さんや八百屋さんが、それぞれなじみの客をもち、御用聞きや行き交う振り売りも重要な食の支え手であったことも知りえます。この人たちは、料理の方法を教えたり、どこの産の素材であるかも知らせたり、苦情があれば聞くなど、食生活にかかわる情報提供者でもありました。

東京はまた、近郊に水田、畑作の農村部を、西部に山村を、そして伊豆諸島などの漁村部を持っています。そこでは「身土不二」ということばどおり、その地がもつ、独自の風土と歴史にもとづいた生産と生活が営まれていました。

三原山の溶岩に芽生えたあしたぼ(あしたば)、多摩渓流のあゆ、関東ローム層武蔵野の麦やいも類、奥多摩山間地のそば、きびなどが、手を変え目先を変えて加工、料理されています。土地土地の四季が生み出す自然からの恵みを十二分に活用してきたのです。

大正から昭和にかけての「東京の食事」、それは単純な方程式では説明できない多くの要素を含んでいます。巨大都市東京に暮らす人たちのさまざまな食の顔、そして固有の食の体系を悠々と守る農村、山村、漁村――、人の顔が一人ひとり違うように、その食の姿もそれぞれに個性を持っているのです。

本書は題して「聞き書 東京の食事」ですが、結果として「東京各地に生きた方々のそれぞれに個性的な暮らし」を描くことになりました。食を通してみた東京人の「庶民の暮らし」「女の一生」の記録をお届けします。1988年1月 社団法人農山漁村文化協会
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「日本の食生活全集」こそ、無形文化遺産「和食」の詳細です。

その全集の13巻「聞き書 東京の食事」の帯に「2900円の里がえり」とありますが、全都道府県別になっています。ぜひ、ふるさとの一冊を蔵書に加えてください。

以下は、2006年5月19日のメルマガより転載です。
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小泉武夫先生の「食の堕落と日本人」に次のような話があります。

私が「ドイツに帰ったら直ぐに結婚するのですか」と尋ねると、彼女は平然としてこう答えたのだ。「いえ、まだ出来ないのです。好きな人はいるけれど、結婚はまだまだ・・・・・・」
立ち入ったことと思いつつ、その理由を聞いて驚いた。自分の家に代々伝わる家庭料理のレシピを、まだ習得していないからだというのである。「全部で40種類くらいあるのですが、母から教えてもらったのはまだ半分くらい。まずそれをすべて覚えなくては。結婚はそれからです」

このドイツ人留学生のように伝統食の体系は母親から娘、またその娘へと継承されていくものですが、丸元淑生先生によれば、現在の60代、70代になっている女性たちが、その前の世代の料理を継承しなかったために、その糸がぷつんと切れてしまったといわれています。

(60代、70代は著書が発行された時点で、現時点では80〜90代)

新しいもの好きな国民性とはいえ、一つの民族が何世代もかけて、どうすれば適切な栄養の摂取が出来るかを追及し到達した料理の体系を捨て去るのはあまりにも愚かなことです。


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