トップページ知って得する講座虫が喰っているくらいの野菜の方が健全で美味しい?

虫が喰っているくらいの野菜の方が
健全で美味しい?

10月9日の週刊新潮の新聞広告の、『過ぎたるはなお及ばざるがごとし!逆に寿命を縮める「健康食ブーム」●野菜ばかりの菜食主義は長生きができない●有機野菜にこだわれば食中毒のリスクがある●「ノンオイル」ではがんになる●魚ばかり食べていると老化が加速する●「カロリー制限」をしても寿命は延びない●血管障害を引き起こす「炭水化物ゼロ」ダイエット●一歩間違えると怖い「サプリメント」●「輸入ミネラルウォーター」に水道水の5倍のヒ素』が気になって読んでみました。その中から「有機野菜にこだわれば食中毒のリスクがある」を、久松達央著「キレイゴトぬきの農業論」の「有機農業三つの神話」の要約でコメントしました。ご一読下さい。

▼過ぎたるはなお及ばざるがごとし!逆に寿命を縮める「健康食ブーム」
週刊新潮10月17日号より転載

リード――ひと頃のグルメに代わって、この頃のブームは「健康食」。むろん、健康で長生きしたいと願い、猫も杓子も食事にこだわっているのだが、そこには危険な落とし穴が潜んでいるという。健康を志すあまり病気を呼び込んでいるとしたら、これほどの皮肉はあるまい。

(2)有機野菜にこだわれば食中毒のリスクがある

健康ばかりか環境にも良い、いわば特別な野菜として、最近大いなる支持を得ている有機野菜。だが、家畜の糞尿を肥料にしたこの“自然派”の野菜は、病原菌に汚染されていることがあるというのだ。

有機野菜とは、簡単に言えば、化学肥料の代わりに有機肥料を使って育てられた野菜のことである。そこで、まずは2種類の肥料の特徴を、それぞれ明らかにしておきたい。最初に化学肥料についてだが、

「化学薬品が入っているわけではなくて、窒素、リン酸、カリという、植物が必要とする自然界の三大要素の量を調整し、肥料としたものに過ぎません。リン酸は海鳥などの糞がかたまったリン鉱石、カリは海水などの化石であるカリ鉱石から取れたもので、何ら危険なものは入っていない。それをなぜ“化学肥料”と呼ぶかといえば、使われ始めた明治30年代、最先端のイメージがあった“化学”という言葉を使い、新しさを醸し出したのです」

そう語る、「本当は危ない有機野菜」の著者で農業生産工程管理指導員の松下一郎氏によれば、

「有機肥料の多くは、原料は生ゴミや家畜糞です」

それは、かつて日本で使われていた有機肥料とはずいぶん異なるそうで、

「昔の有機肥料は、稲藁や野草といった植物質の原料に牛馬糞などをかけ、発酵させてものでした。こうした植物質の原料なら問題ありませんが、家畜糞や生ゴミの場合、現在は様々な問題をはらみます。というのも、大量飼育された家畜の餌は、抗生物質などを混ぜた穀物飼料や、除草剤が散布された国内外の飼料。使用された薬品は糞に混じって排出されるため、有機肥料に含まれていることがあり、また、生ゴミには食品添加物が少なからず含まれています」

とはいえ、時間をかけて発酵、分解させてから畑にまけば、有害物質も微生物が分解してくれるのだが、「分解が終わっていない未熟な堆肥を畑にまくと、有害物質が作物に影響を及ぼすこともあるのです」(同)

堆肥にO―157?

それでも、有機野菜に飛びつく消費者が多いのが現状だが、松下氏は続ける。

「消費者は有機野菜と聞けば安心しますが、有機野菜は生産工程の証明を受けたもので、衛生面が保証されたものでありません。実際、O―157などへの感染リスクがあるのです。

むしろ化学肥料を使ったほうが安全で、リスクが低い、という側面もあるようなのだ。

もっとも、有機野菜を営む農家や企業の多くは、有機堆肥を十分に発酵させているというが、そうでなかったケースを、佐賀大学農学部の染谷孝教授が示す。

「昨年8月、札幌で白菜の浅漬けが原因の食中毒が起き、169名が感染し、お年寄りや子供8名が亡くなった。原因はO―157とされました。“野菜自体が汚染されていた”というのが札幌保健所の公式見解でした。では、なぜ野菜が汚染されていたのか。その白菜が堆肥に用いて生産されたかどうかは不明ですが、腸管出血性の大腸菌であるO―157は、通常は土壌や植物の中には生息していません。主な生息場所は牛の腸管で、汚染源として最も可能性が高いのは牛糞です。きちんと堆肥化すれば発酵熱で殺菌される菌が、未熟な堆肥の中では生き残ることがある。だから、そういう堆肥を使用して生産したのが原因である可能性があると考えています」

さらに、硝酸チッソ過剰の問題も挙げておこう。

「有機物は微生物の働きで、アンモニアや硝酸塩の形にまで分解されてから、植物に取り入れられます。この硝酸塩が多すぎると作物が硝酸チッソ過剰になり、それを食べた人間に害をなすことがある。植えつけや追肥のたびに有
機肥料を大量に畑にまくと、こうした問題が起こります」(松下氏)

過信は禁物である。
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▼有機農業三つの神話」
久松達央著「キレイゴトぬきの農業論」より第1章を抜粋転載しました。

「有機だから安全」のウソ 神話1有機だから安全

これは事実ではありません。

有機農産物が危険だと言っている訳ではありません。有機農産物はもちろん安全です。どの程度安全かと言えば、適正に農薬を使った普通の農産物と同程度に安全です。

―――中略―――

対で語られることの多い「安全・安心」ですが、意味するところは全く違います。簡単に言えば、「安全」は客観的なもの、「安心」は主観的なもの。どちらが正しいとか上位とかではなく、別な概念です。

―――中略―――

農薬は適正に使用する限り、食べる人に危険を及ぼす事はまずありません。農薬が「安全」なのは動かない科学的事実です。しかし、それで「安心」しない人がたくさんいる事もまた事実です。そこもまた他人には動かしようがないのです。自分の気持ちについて他人にとやかく言われる筋合いはありません。

僕自身も、農薬の安全性に疑いを持っていませんが、自分では使っていません。後述する生き物への影響もありますが、主たる理由は「何となくいやだから」です。それは僕の好みや美学の問題であり、合理性を超えた部分です。なので、僕の有機農業は「食べる人の安全のための無農薬」では全くないのです。意外に分かってもらえない部分なのですが……。説明が面倒なので「消費者の安全のためです!」と言ってしまえばいいのかもしれません(笑)

―――中略―――

有機と味は別の話 神話その2有機だから美味しい

これも事実ではありません。有機栽培だからまずい、と言っているのではありません。有機だから、必ず美味しいとは限らないという意味です。別の言い方をすれば、有機栽培であることは、美味しいことの十分条件ではないということです。野菜の美味しさを決めているのは、圧倒的に栽培方法以外の要素なのです。

野菜の味を決める大きな要素は三つあります。栽培時期(旬)、品種、そして鮮度です。僕はこれを「野菜の美味しさの三要素」と呼んでいます。

栽培者としての感覚では、この3要素で8割方決まります。この三つが十分に満たされていれば、栽培方法にかかわらず、誰でもある程度美味しい野菜が育てられます。逆に言えば、この三要素を満たしていなければ、どんなに農法にこだわっても美味しさにはつながらないということです。後に詳しく述べますが、栽培時期、品種、鮮度の三要素は美味しい野菜の前提となる条件です。それらが満たされて初めて、その良さを生かすための栽培方法という要素が効いてくるのです。栽培方法をどんなに工夫しても、品種や時期といった土台の大きさを超えることは出来ません。

―――中略―――

環境はとても複雑なもの 神話その3有機だから環境にいい

これも一概に[イエス]とは言えず、ケースバイケースです。

農水省が使っている環境保全型農業という言葉の影響もあって、有機農業と聞くと、なんとなく環境にいいというイメージがあるのではないでしょうか。しかし、環境問題というのは実に広範囲で複雑多岐にわたります。有機農業という一つの方法論が、あらゆる側面において環境負荷が少ない、などとは言えないのです。

一つの例をご紹介します。茨城大学の小林久教授が、水田耕作における様々な除草技術と二酸化炭素の排出量の関係を調べました。

少し解説を加えます。イネは虫や病気にはそれほどやられないので、米づくりで一番問題になるのは初期の雑草です。ほとんどの農業者は雑草対策として除草剤を使用しています。ですから、米づくりで「農薬を減らす」というのは「除草剤を減らす」ことになります。アイガモ農法などいくつかの方策がありますが、実用化されている技術の一つに紙マルチ栽培があります。これは最初に田んぼを紙で覆ってしまい、そこに苗を植えていくというものです。光が通らないのでイネとイネの間に草は生えませんし、紙ですから栽培後期には水に融けてなくなったしまう、という便利な技術です。除草剤をゼロにできるこの技術は環境に優しそうですよね。

ところが、小林教授の研究結果は面白いものでした。この紙マルチ栽培は突出して二酸化炭素の排出量が高かったのです。これは紙の製造工程で大量の二酸化炭素を出すためです。いくら田んぼでは「環境にいい」と言っても、その分のツケをよそに回しているのでは、この方法そのものが「環境にいい」とは言いづらいものがあります。

―――中略―――

有機農業三つの神話が、いずれも誤解である事を述べてきました。

こう並べると、お前は有機農業が嫌いなのか? と聞かれそうです。そうではありません。誤ったイメージが広まっているせいで、有機農業の本当の良さや面白さがゆがめられている、と感じているのです。

僕の考える「有機農業とは何か?」をご説明します。

僕は有機農業を、「生き物の仕組みを生かす農業」と定義しています。最近では植物工場のように、生き物の仕組みに頼らないタイプの農業技術も開発されていますが、有機農業では自然に仕組みにできるだけ逆らわらず、生き物、特に土の微生物の力を生かすことを重視します。このような考え方は、ヨーロッパではビオ農法などと呼ばれています(アメリカではオーガニックという言葉を使う)。日本語では生物学的農法と訳されていますが、「有機」よりもビオ(bio=「生」「生命」)という言葉の方が僕の言っている「生き物の仕組みを生かす」を率直に表現していてしっくりきます。

―――中略―――

生き物は単独では生きられません。動物と植物、植物同士、植物と土の中の微生物はそれぞれ互いに影響し合い共生しています。たとえば土壌微生物の中には、植物の根に棲み付き、根から炭水化物をもらいながら、土壌から養分を取り込んで根に供給しているものがいます。弱肉強食の単純な力関係だけが自然の摂理ではありません。無数の生き物が相互に作用しながら、複雑なネットワークを形成して生態系全体を強く豊かにしているのです。それぞれの生き物が持つ機能、それが全体で回るシステム、これらを積極的に生かそうというのが有機農業の考え方です。

土と植物の関係はまだ分かっていない事も多いのですが、知れば知るほどそれがいかに上手くできているかに感心します。そのシステムの、単純なようで複雑、脆いようで強いさまに驚かされます。そうした生き物のしたたかさを利用しない手はない、というのが有機農業の基本的な考え方です。

―――中略―――

よくある誤解に「虫が喰っているくらいの野菜の方が健全で美味しい」というものがあります。しかし、そんなことはありません。畑では弱い個体から病害虫にやられます。左のブロッコリーがやられたのには、いくつかの可能性が考えられます。生まれつき弱い個体だった、この場所の土の性質が悪くて上手く育たなかった、などです。いずれにしても、このブロッコリーは弱く育ってしまい、結果的に虫にやられたのでしょう。結局、虫食いがひどかったために売り物にならず破棄処分になりました。弱いブロッコリーは栽培の過程で淘汰され、出荷されなかったのです。

もし、僕が農薬を使っていたらどうなったでしょう?殺虫剤で虫を防除することで虫食いという症状は免れたでしょう。そうなれば、実際には弱い株なのに、何とかブロッコリーの形になって、出荷されたかもしれません。つまり農薬を使うと、淘汰されるべき弱い株も生き残ってしまいます。その結果、本当に健康に育った野菜と、そうでない野菜の区別がつかなくなってしまうのです。逆に言えば、農薬を使わないことで、野菜たちをふるいにかけ、健康でない野菜が生き残ってしまう事を防げるのです。

―――中略―――

あえて厳しい環境に晒すことで健康でないものを淘汰させ、「健康な野菜」だけを選別する。これが有機農業の選別機能です。

美味しさの三要素に比べれば寄与率は少ないものの、有機野菜が美味しいと言われる理由には、この選別機能も影響していると僕は考えています。

―――後略―――

▼久松農園オフィシャルサイトは<http://hisamatsufarm.com/>

久松さんは帝人蒲A出営業部から14年前に脱サラして、農業に転身された方です。以下は、著書の最終頁から引用です。

僕はビジネスの成功を、規模やお金で測れるとは思っていません。多くの人のイメージに反するかもしれませんが、農業はやる価値があり、やっていて面白く、お金にもなる仕事です。誰もやっていない、新しい仕事で僕たちスタッフが充実した日々を過ごし、お客さんを満足させ、事業がきちんと継続していくことが僕の定義する成功です。まだまだ課題はたくさんあります。しかし、僕たちが進んでいる方向は間違っていない、と思います。

これほどクリエイティブで知的興奮に満ちた仕事はそうはありません。

僕の話を聞いて、日本中のあちこちで面白い農業をする人が増えたら、農業は大きく変わる、と確信しています。

以下は、カバーの折り返しにある新潮社の紹介文です。

誤解(1)「有機農法なら安全で美味しい」誤解(2)「農家は清貧な弱者である」誤解(3)「農業にはガッツが必要だ」--日本の農業に関する議論は、誤解に基づいた神話に満ちている。脱サラで就農した著者は、年間五十品目の有機野菜を栽培。セオリーを超えた独自のゲリラ戦略で全国にファンを獲得している。キレイゴトもタブーも一切無し。新参者が畑で徹底的に考え抜いたからこそ書けた、目からウロコの知的農業論。

ぜひ、お読みいただきたい一冊です。
著書は新潮新書。同じ新潮の週刊誌ですが、レベルの低さに驚かされます。


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