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おむすび 希望ともす

2013年1月5日の読売新聞「生きる 語る」シリーズ<3>の「おむすび 希望ともす」をまず、ご一読ください。

ひとつまみの塩を手のひらにすり込み、ふっくら炊きあがったご飯の粒がつぶれないように、やさしく両手で包み込む。雪をかぶった霊峰・岩木山を望む青森県弘前市の一軒家で、エプロン姿の佐藤初女(はつめ)さん(91)が小さな背中を丸め、おむすびを握っていた。

「『あ、おいしい』と思って心が満たされてくると心の扉が開いてくるの。自分の考えなど入れないで、よく話を聞いていると、どなたにしても自分の考えを持っているんですよ。でもなかなかそれが出せない。自信がないんですね。自分の話したいことを話しているうちに受け止めてもらったと安心して(悩みが)解消されていくのよ」

家族との死別やいさかい、リストラ、病気……。心に迷いや悩みを抱えた人たちに、地元でとれた旬の野菜や魚の手料理を振る舞い、そばで3時間でも4時間でも耳を傾ける。

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人生に行き詰まった人を自宅に受け入れ、元気づけて社会に返す。そんな奉仕活動を続けている。

救われたり、活動に共感したりした人たちの寄付で1983年に自宅の2階を建て増し、「弘前イスキア」を作った。92年には岩木山麓に「森のイスキア」も建て、雪に閉ざされる冬を除いて宿泊施設にしている。イタリア・イスキア島に、生きる気力を失った若者が癒やされた故事があり、そこから名をとった。初女さんを訪ねてくる人は今も毎月15人ほどを数える。

なぜ、おむすびなのか。「素朴な食べ物だからこそ、作る人の気持ちが伝わって結びつきが感じられる。心のふるさとでないかと思うんです」。手作りの梅干しを入れ、焼きのりで包んだ丸いおむすびが冷えた体と心をあたためる。自殺まで考えていた青年がお土産に持たされたおむすびは、タオルにくるまれていた。

「ラップやアルミホイルだとふやけて味が変わるからなんだけど、(青年は)それに感じたって。こんなに心配してくれる人がいるのに、なんてばかなことを考えたんだと思ったって」

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忘れられない料理がある。肺の病気で喀血を繰り返し、電信柱につかまりながら青森市のカトリック系女学校に通っていた17歳の春、母のトキさんがつくってくれた桜鯛の潮汁とあら煮だ。

旧士族の実家が運送業の失敗で破産し、心労で体が弱っていた頃だった。母の料理に、「細胞が躍動してエネルギーが隅々まで巡り、体に力強さがみなぎったの」。注射や薬に頼らず、食べることで元気になろうと決心し、それから17年かけて病気を克服した。

食は、初女さんの生きる姿そのものになった。「痛くないように」と野菜にも慈愛のまなざしを向け、丁寧に薄く皮をむく。ゆがく時は、透き通るような色に変わる「命の移し替え」と呼ぶ瞬間を見逃さずにすくい上げる。煮る時は八分通り火が通ったら止め、味をじっくり染み込ませる。

「『食は命』ということを非常に感じるんです。食材の命をいただいて、私たちは生涯一緒に生きていく。だから、ゆがく、切る、味付け、そのどれひとつ、おろそかにできない。一番嫌いなのは『面倒くさい』っていう言葉。ある線までは誰にでもできる。そこを一歩越えて、手をかけ、時間をかけることで人の心に響くものになるんです」

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悩みを抱えた人たちと向き合うようになったのは、半世紀以上前に遡る。

終戦前年の44年、小学校教員だった初女さんは、結婚を機に退職。短大の非常勤講師として染色を教えたり、洗礼を受けたキリスト教の信徒会長を務めたりするようになると、教え子や近所の人たちから相談を受けるようになった。

「犠牲の伴わない奉仕は真の奉仕ではない」と神父が言った。「経済力も特別な技術もない自分でも、心なら差し上げることができる。その心を一番ストレートに伝えられるのが食だったんです」と振り返る。

90歳を超えて耳は遠くなり体の疲れはとれにくくなったが、今も年間70回ほど各地の小学校や老人ホーム、子育て団体などへ講演に出かける。求められれば米国や欧州、アジアにも飛んで語り合い、泊まり込んでおむすびの講習会を開くこともある。

10年前、55歳だった一人息子の芳信さんが急死した。命を奪った原因は不明だ。「人間は一刻一刻、死に近づいている。だから私は人と出会い、今を生きることを大切にしているんです」。芳信さんの姿を時折思い出しながら、悩み迷う人たちに寄り添い続ける。
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以下は「日本のリアル」第一章「現代人の日常には、現実がない」養老孟司さんと、食卓の変遷を調査している広告会社アサツー・ケイ(東京)の岩村暢子さんの対談から、岩村さんの発言を抜粋したものです。

進む食の「個化」

―略―

10数年調査してきて、やはり家族それぞれがますます「自分」を大切にし、個を優先するようになっていると感じています。食卓にもそれははっきりと表れていて、家族が家にいても同時に食卓に着かず、たとえ一緒に食卓を囲んでも違うものを食べる「バラバラ食」、さらには1日3食も崩れて、みんな自分のペースで好きな時間に勝手に食べる「勝手食い」も増えています。「バラバラ食」や「勝手食い」の家では、親は子供が何を食べたのかも知らなかったり、無関心になっている。

同じ家を10年くらい後に追跡調査すると、子どもはもっと自分ペースになっているし、お母さんも「自由」を謳歌している。そして、お父さんは、「メタボ」「生活習慣病」を指摘される年齢になっていますが、「食事の健康管理は自分でして」と言われている。医師が妻を呼んで夫の食事指導をするなんて、もう時代遅れのことになっていると最近は感じています。

「ご馳走」の意味合いが変わった

じゃあ、家族のためにご馳走をつくったり、家族そろって食べる喜びはないのか、とよく言われるんですが、「ご馳走」の意味も変わってきていると思います。以前は、ステーキやお刺身など高価なものがご馳走だったかもしれませんが、今はそれぞれが好きなものだけをお腹いっぱいにできること、いやな物は食べなくていいことが「ご馳走」のように言われています。自分があまり好まないものを一汁三菜のように並べられると、「いろいろ食べなければならなくて面倒くさい」「うっとうしい」なんて言うお父さんまで出てきている。ビュッフェや回転ずしも好きなものだけでお腹いっぱいにできるから喜ばれている。

だから主婦も、あれこれつくって並べるよりも「食べたい」と言うものだけを用意するようになっているんです。そして、つくったモノを子どもに「残してはいけません」とも言わなくなっている。そのような「しつけ」は、「押しつけ」や「強制」とほぼ同義で語られるようになっていて、食卓のような「楽しい場」で、してはいけないとさえ考えられています。やんわりと「嫌いな物も少しは食べてみようよ」と言う親は少数いるけれど、「残してはいけない」と言う親は、私の調査では見たことがありません。モノが豊かになっただけでなく、家族それぞれの好みや自由を大切にする時代になって「ご馳走」の意味も変わってきたのでしょうね。

―略―

震災後、家族の絆は回復したか

2011年は夏に、震災後の臨時調査をしました。新聞やテレビでは、しきりに「震災後家族の絆が見直された。そのため内食(家庭で食事をつくって食べること)が増えた」と言われていたので、それを確かめたかったのです。でも調べてみるとずいぶん違いました。外食は確かに一時的に減っていたけれど、それは外食というものが「出かけたついでに食べて帰る」「出かけていたから外で食べた」と外出に付随することが多いのに、「余震などが怖くて外出が減った」ためだった。また、内食になっていたのも「家族の絆」や「手づくり」を見直したわけではなかったのです。「計画停電」や「余震」があったためつくる気がしなくて、インスタントや出来合いが増え、食卓はむしろ簡単化していたのです。

「家族の絆」についても、一般論としてどの人も「家族の絆は大事」と語り、「(日本人は)今こそ見直した方がいい」と言うのに、「お宅ではどうですか」と問うと違った。「我が家には別に絆は必要ない」「ウチはこのままで特に見直すつもりはない」などと言う。直接被災された方々は全く違ったと思いますが、少なくとも私が調査した人たちは、メディアの語るようではなかったです。

それは「これを機に、そうなってほしい」というメディアの願望の投影だったのではないかと思います。主婦たちが、我が家は別として「日本人は今こそ見直したらいい」と言ったのとも似ている。でも「家族の絆」も「手づくりの内食」も、そんなに簡単に復活するようなものでなくなっていたのではないか、と調査結果を見ながら思いました。
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岩村さんが言われる現実に、豊かさの中の貧しさを感じます。だからこそ、おむすびが希望をともすのでしょう。「経済力も特別な技術もない自分でも、心なら差し上げることができる。その心を一番ストレートに伝えられるのが食だったんです」

1月17日、阪神淡路大震災から18年になりました。家を全壊した方が、その日、コンビニのおにぎりとペットボトルのお茶をマンションの玄関ノブに吊り下げてくださったことを思い出します。


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