トップページ知って得する講座長崎原爆 被爆医師の放射性物質対策を見習おう!

長崎原爆 被爆医師の
放射性物質対策を見習おう!

最近入荷するリブレフラワーに、「フィチン酸含有」という赤いラベルが袋に貼っています。福島原発事故による放射能汚染が不気味な広がりをする中で、玄米を食べると含有のフィチン酸が重金属(放射性物質を含む)を排出するため、放射性物質対策の一つとして注目されているからです。<http://www.chiffonya.com/shop/genmaitokurodaizu.htm>

読売新聞7月11日夕刊のロングセラーの周辺で、1979年に米国で起きたスリーマイル島原発事故を克明に描いた柳田邦男著「恐怖の2時間18分」が紹介されていました。過去の事例を詳細に検証した旧作から教えられることは少なくないということで、品切れだったのが震災後に重版されました。

昔、長崎に原爆が投下された時、塩分を効かした玄米お握りと味噌汁を常食していた人たちが原爆病にならずに助かったという実話が、本日紹介します「長崎原爆記 被爆医師の証言」(秋月辰一郎著、弘文堂・1966年刊)「第4章 死の同心円」の中の「秋月式治療法」という項目に書かれています。以下にその項目を転載しました。

この著書の再録が収められている平和文庫は、大林宣彦、黒古一夫、黒柳徹子、早乙女勝元、田上富久、林京子、松谷みよ子、柳田邦男、山田太一、吉永小百合さんたちが推薦しています。ご一読ください。
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私、婦長、岩永修道士、村井看護婦なども、8月15日頃から疲労が加わってきた。私ははじめ、「野宿は疲れるものだ」と思い、一週間近く病院の庭にごろ寝をしたことを、全身叩かれたような疲労の原因と考えた。私は放射能症、原爆症を知らない。しかし、ここで自分の体の疲労や自覚症状を考えてみた。私はかつて、長崎医大付属病院の永井助教授が部長をしていた放射線教室に、一年間、助手として勤務したことがある。

X線の診断治療を研究した時に、「レントゲン宿酔(しゅくすい)」という症状があった。子宮癌、乳癌の転移巣にX線深部治療をする。一日、二日と連続して照射すると、患者は一種の病的症状を起こす。これは「レントゲン宿酔」(レントゲン・カーター)と呼んでいた。当時医師不足で診療数が多く、私は過労していた。一日に二人、三人と消化管のX線透視をする。月曜日から始めて金曜日まで診療を続け、土曜日は休み、整理とか抄読会をする。私は生来虚弱体質だったせいもあるが、金曜日ごろになると何だか気分が悪くなった。「ああ、それはレントゲン・カーターだ」と先輩から教わった。

8月15、16日ごろ、私は自分の症状が、このレントゲン・カーターに酷似していることを明瞭に自覚したのである。

レントゲン放射線は、古典的物理学の言い方をすれば、波長のきわめて短い電磁波である。人間の細胞を透過する。しかしラジウム放射線と同じく、多量であれば人間の細胞を破壊する。レントゲン放射線に破壊される細胞は、分裂が盛んに行われる組織細胞である。幼弱細胞、生殖細胞、骨髄細胞――とにかく生命現象の営みの盛んな細胞は、レントゲン放射線によって壊死する。

私はここまで原子症を理解した。しかし原子爆発がいかなる放射線を生ずるか知らない。「ラジウム放射線か、レントゲン放射線、ガンマー線、そんな放射線であろう。その放射線が人間の造血組織、骨髄組織を破壊したのだろう。だから紫斑病みたいな患者が多いのだ」私の診断と推理はここまでであった。

私には血球計算器もなく、血球染色して顕微鏡で見る余力も装置も全くなかった。ただ想像と推理だけであった。私はさらに「レントゲン宿酔」の治療法を思い起こした。かつて私は、レントゲン教室で患者がカーターになったり、自分がカーターに苦しんだとき食塩水を飲んでいた。生理食塩水より少しよけいに塩分を含んだ塩水の飲用を患者に命じた。そうすると私自身、気分がよくなった。それは当時、レントゲン教室で研究し、働いていた人びとの常識であった。

「爆弾を受けた人には、塩がいいんだ。塩が、効果があるんだ」

私に、新しい生物物理学、原子生物学の知識はない。書物や論文はなにもない。それでもこの秋月式の栄養学に信念を持ってきた。秋月式栄養学=ミネラル栄養学である。この時のミネラル栄養論を端的に表現するならば、食塩、ナトリウムイオンは造血細胞に賦活力を与えるもの、砂糖は造血細胞毒素ということになる。

この考え方は、私が長崎医大の放射線教室にいた時、患者や医師や技術者にしていたレントゲン・カーターの治療に一致する。そしていま、この原爆症にも私のミネラル栄養論がそのまま役立つのではないか。私の胸中に信念にも似たものが湧然とわいてきた。「玄米飯に塩をつけて握るんだ。からい、濃い味噌汁を、毎食食べるんだ。砂糖は絶対にいかんぞ!」私は、炊事方や職員に厳命した。もしそれが履行されないと、私は、気の毒なくらい相手を怒鳴った。「砂糖はいかん、甘いものはいかん!」

これは爆弾前から、入院患者や従業員に厳重に申し渡していた。もっとも砂糖は、当時の日本の大衆にはほとんど無縁なものであった。

「砂糖はなぜ悪いんですか。塩がなぜ原爆症に効果があるんですか」こう誰もがたずねる。私は、いちいちこれを、根本的に説明するのもまだるっこい。「悪いといったら、悪いんだ。砂糖は血液を破壊するぞ!」

この時の私にひらめいたミネラル原爆症治療法は、私自身と、周囲の私を信ずる人びとの間には行なわれた。

その後、永井先生のビタミンB1・葡萄糖論の治療法、長崎医大影浦教授の「柿の葉煎汁療法」のビタミンC大量法、あるいは酒、アルコール治療法など種々の原子病治療法が現れた。

しかし私は、このミネラル治療法のためこれまで生きながらえ、元気に病院で医師として働いてこられたのだと信じている。私はきわめて虚弱体質であり、千八百メートルの距離で原子爆弾を受けた。致死量の放射能でなかったのかもしれない。しかし私や岩永修道士、野口神学生、婦長、村井看護婦その他の職員や、入院患者は、被爆の廃墟の死の灰の上で、その日以来、生活したのである。

その人びとが、もちろん疲労や症状はあったであろうが、それを克服して元気に来る日もくる日も人々のために立ち働き、誰もこのために死なず、重い原爆症が出現しなかったのは、実にこの秋月式の栄養論、食塩ミネラル治療法のおかげであった。

私とその周囲の人々はそれを信じている。学会ではたとえ認められなくとも。
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秋月博士が命じた食事法が、今で言う「マクロビオティックの食事法」だったとして注目されていますが、「長崎原爆記 被爆医師の証言」の原文を読みますと、ナトリウムイオンが造血細胞に賦活力を与えるという食塩ミネラル治療法であることが分かります。前回のメルマガで新谷先生の『「水」と「塩」で海が生まれる!』を紹介しましたが、健康の大敵でもあるかのようにいわれる「塩」こそ見直さなければならないと思います。
「水」と「塩」で海が生まれる!・・・・・
<http://www.chiffonya.com/shop/kouza/titoku204.htm>

以下は、秋月辰一郎著「体質と食物」からの抜粋引用です。
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昭和20年8月9日の原子爆弾は長崎市内を大半灰燼にし、数万の人々を殺した。爆心地より1.8キロメートルの私の病院は、死の灰の中に、廃墟として残った。私と私の病院の仲間は、焼け出された患者を治療しながら働きつづけた。

私たちの病院は、長崎市の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらにわかめもたくさん保存していたのである。

その時私といっしょに、患者の救助、付近の人びとの治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出ないのは、その原因の一つは、「わかめの味噌汁」であったと私は確信している。

放射能の害を、わかめの味噌汁がどうして防ぐのか、そんな力が味噌汁にどうしてあるのか。私は科学的にその力があると信じている。


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