トップページ知って得する講座国難を乗り越えよう 被災地を応援しながら

国難を乗り越えよう 被災地を応援しながら

鎌田實の見放さない(2011年3月22日 読売新聞)から転載

巨大地震と津波で甚大な被害が起きている福島県南相馬市の市立小高病院の遠藤院長とやっと連絡が取れた。16日早朝のことだ。生きていた。うれしかった。小高病院の患者やスタッフは南相馬市立総合病院へ合流し、一体となって患者さんたちを守っているという。

すぐに厳しい話になった。米はあるのだが毎日、おむすびとみそ汁。野菜などがないという。酸素はあと2日、医薬品もなくなりはじめている。

海岸沿いは全域が津波で破壊された。犠牲者は今のところ200人弱だが、さらに増える可能性がある。現地ほど情報は過疎になっている。どのくらいの被害なのか全くわからないという。

ガソリンがないために、身動きがとれなくなっている。被災者の生活を守るためにも、必要な医療材料を運ぶためにも、どうやってガソリンを届けたらいいのだろうか。

考えていると、南相馬市立総合病院の及川副院長から緊急の電話が入った。長野県から、来週早々に支援物資を運ぶ計画をしていると伝えた。災害医療のリーダーをしている及川先生は医薬品や食料が尽きるのも心配だが、明日の夕方に酸素がなくなるという。酸素がないと、人命にかかわるとのこと。普段はタンクローリーで液体酸素を運んでいる。しかし、病院が原発から23キロのところにあり、屋内退避の地区になっているため、物資を運ぶ人が簡単になかに入ることができなくなった。福島県知事からも緊急支援の要請を出しているそうだが、なかなか病院に酸素を運ぶ方法がみつからないという。内閣府の副大臣にも状況を伝えてもらった。

ぼくの東京の仲間に、かつて酸素を販売する会社で働いていた男がいる。彼に酸素を運ぶ方法はないかSOSを出した。すぐに返事が来た。今の状態ではタンクローリーで運ぶのは難しい。最悪の場合は、酸素ボンベを自衛隊の航空機で運ぶ方法が考えられるという。なかなか厳しい状況である。

遠藤先生から8時間後、酸素ボンベが病院に運ばれることが決定したと朗報が入った。鎌田先生から電話が入ったと朝礼で全職員に話したら、ワーッと拍手が起きたという。電話もつながりにくいなかで、南相馬市立総合病院は孤立感を強めていた。病院は、通常の半数のスタッフしかいなくなっていた。みんな放射能が心配なんだ。残った医師たちが当直明けで日勤に入るなど、過酷な状況で働いているらしい。

ぼくたちのJCF(日本チェルノブイリ連帯基金)はチェルノブイリ原子力発電所の事故で、健康被害をおこした子どもたちを救うために、20年間に94回の救援活動をおこなってきた。この経験を日本に役立てたい。福島原発の状況が安定し、現地に入れるようになったら、応援に行こうと思っている。桜井南相馬市長から正式に支援依頼も入った。

見えない放射性物質と戦いながら、地震や津波で被災された方たちの命をどう守るか、いよいよ大事な局面になってきているように思う。

命は限りがあるから愛(いと)おしい。だからこそ輝くのだ。この地球に広がっている一つひとつの命が、それぞれに輝き続ける地球であってほしいと思い連載をしてきました。日本は今、大変な国難に遭遇しています。しかし、日本は負けない。なんども、ぼくたちの国は困難を乗り越えてきました。みんなで被災地を応援しながらいい国にしたい。強くて、あったかくて、優しい国、ニッポンをつくろう。

4年間、ご愛読ありがとうございました。また、いつか読売新聞でお会いすることができると思います。さようなら、ありがとう。(かまた・みのる=長野・諏訪中央病院名誉院長)(終わり)


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