トップページ知って得する講座「これからは景色や環境も考えた米作りをしないと」

「これからは景色や環境も考えた
米作りをしないと」

俳優の菅原文太さん(76)が八ヶ岳山麓で農業を始めたことを、10月23日のテレビ朝日スーパーモーニングで知りました。

「おれは大規模農業が好きじゃあないんだよ。有機栽培で、まあ無農薬…自分の目の届く広さでやる農業をやりたい。若者に農業に参画を進めている政府は参入の壁を出来る限り取り除いてくれ。まだまだ壁があるんだよ。それと、このままでは小金があってちょっと頭の良い奴がどんどん成功してしまう、自分のやれる範囲で地道に有機や無農薬野菜を作っているものが割を食ってしまうんだよ。それをそうならないようにするのはやっぱり政府・役人の努めだと思う。大規模農業ばっかりが良い訳じゃあない。」
--------------------------------------------------------------------

以下は、11月1日読売新聞「食べものがたり」“漢方米 輝くうまみ”より転載

瑞穂の国、とは「日本書紀」の昔から日本の美称である。田んぼは人々と生き物たちを育み、華やかな農耕儀礼を生んできた。金色の稲穂がみずみずしく実る様子は古来、この国の豊かさの象徴だった。

そんな郷愁を誘う風景に福島県郡山市で出会った。仙台に次ぐ東北第2の商都だが、「市町村別の米生産量はトップクラス。でも知られてないんだよね」古川勝幸さん(52)のぼやき節が始まった。

安積と呼ばれる一帯は水利の悪い荒野だったが、近代初の大開拓事業で穀倉地に変わった。代々農業を営み、国内最大の品評会でコシヒカリが5年連続金賞に輝く若き名人は、「米だけで食ってくのは大変だよ」とこぼす。

ぼやきも無理はない。食糧管理、減反、そして戸別所得補償……。価格は下落し、田んぼは荒れ、離農が相次ぐ。瑞穂の国を支える米農家は、一貫しない政策に翻弄(ほんろう)され続けてきた。

試行錯誤していた古川さんが8年ほど前に出会ったのが漢方農法だ。農薬や化学肥料の代わりに漢方生薬や熟成させた堆肥(たいひ)を使う。栃木県内で漢方薬局を営む星野英明さん(54)が、アレルギー患者らと接する中で食の安全性に危機感を抱き、考案した。「化学合成した肥料や薬は自然の抵抗力を奪ってしまう。植物や土も人と同様、漢方で本来の力を高められる」

古川さんは仲間7人と「漢方無農薬研究会」を結成。最初は雑草がはびこって10アール当たりわずか2俵(120キロ)しか収穫できなかったが、耕運や追肥、水管理のタイミングを少しずつ覚え、6俵まで収量を上げた。手間もコストも通常の何倍もかかり、1キロ900円以上する高級米だが、毎年注文が殺到する。

稲刈りの合間に、漢方米で作ったおにぎりをほおばる。米一粒一粒が輝き、しっかりと弾力がある。かめばかむほど、クセのないうまみがじわじわと広がった。

これからは景色や環境も考えた米作りをしないと。一生勉強だね」。ぼやきながら未来を描く古川さんは、新たな時代の開拓者に違いない。(文・松本由佳 写真・三輪洋子)
--------------------------------------------------------------------

この京都と対照的なのが、学園都市のつくば市である。京都遷都の1180年後につくられたこの都市は、当然、都市についての知識の蓄積のうえに計画されたものと考えるのが常識だろう。ところが、つくば市を見て回って驚くのは、八百屋、魚屋、豆腐屋が見当たらないことである。そういう有様では近接農家とのあいだに相互依存関係が生れているとは思えない。

この都市の計画者は、食品はすべてスーパーや百貨店で買えると思っているのだろう。そこではただ買えるものが買えるにすぎないのだが、(コンピューターで管理されているようなところでは、売れないものはどんどん外されていき、売れるものだけが売られるようになる)、都市生活者の栄養の問題などはまったく考慮していないのかもしれない。地図の上に線を引けば都市ができるとでもいうかのように、だだっぴろい自動車道路が縦横に走っていて、都市の胃袋というべき赤ちょうちんや小料理屋の影もない。つくば市は海から離れているので、鮮魚がかんたんに手が入る条件にないが、そのため
の特別の配慮がなされているとも思えない。

林氏(元京都府立農業試験場長)は、京都でよい野菜がつくられるようになった事情の一つを次のように説明している。

「京都は海から遠く離れているため、川魚は別として海の魚貝類を手に入れることが困難であった。たとえ手に入ったとしても、その大半は乾物であった。こんな状態であるから、一般庶民はもとより貴族でも菜食が中心であり、いきおい品質のよい野菜を求めるようになった。

つまり、食の条件の理想から遠い場合にはそれを克服するためのさまざまな工夫がされなくてはならないのだが、つくば市の都市計画者は、そもそも食そのものに何の関心も抱いていないかのようである。あるいは、抱かなくても都市計画は出来ると思っているようである。

私は住みやすい都市の条件の一つは、歩いて5分くらいの距離に、八百屋、魚屋、豆腐屋、酒屋、雑貨屋などがあることだと思っているが、新しく都市を計画する場合には、それは可能なはずである。そういう店はみな零細な家族経営なので、高い家賃ではやっていけない。だから、住宅地を円形に展開して、中心を公有地にしておき、そこに行政が経営の成り立ちうる家賃で誘致するのである。一番遠い家でも店までの距離が歩いて5分という規模の円にして、人口が増えるにつれて、同様の円が一つまた一つと増えていく計画にしておくことが望ましい。そして、その予定される円の中心部は、行政が公有地として確保しておくのである。

むろん、地形その他の条件に応じて円形にこだわる必要はないが、歩いて5分以内の距離に、家族経営の小規模な魚屋、八百屋、豆腐屋があった場合には、住民の栄養状態が非常によくなる。広域流通によらない、力をもった食品が近くで手に入るようになるからだ。また、そういう店がないと、日本的な食事はつくれないのである。

・・・以上は丸元淑生著「何を食べるべきか」より引用。

先生によれば、都市計画なり法律の立案者は、経済のみの論理でなく、栄養政策に基づく農業政策が、まずなければならないといわれるのですが。。。


                         トップページに戻る                  ▲ページの先頭に戻る

サイトマップ商品一覧
ふんわりシフォン日記お客様のご感想集Mrs.KURIの簡単レシピ集ふれあい写真館

FLOURひろ:〒145-0071東京都大田区田園調布1-31-11:tel 03(5755)5050