トップページ知って得する講座将棋棋士九段 内藤国雄さんの「不便を楽しむ」

将棋棋士九段 内藤国雄さんの
「不便を楽しむ」

9月25日読売新聞「日だまりカフェ」より転載

蛇口に手を差し出すとぱっと水が出て、引っ込めると自然に止まる。ドアの前に立つとさっと開き、入ると閉まる。部屋に入ると電気が灯り、出ると消える。少し前にはなかった便利さが次々と身の回りに展開されてゆく。結構な世の中になったと感心する反面、これが極限まで進むと何も自分でする必要がなくなって、それでいいのかと心配になる。

人間は不便を克服するために知恵をしぼり手足を動かし、忍耐心を身につけてきた。それが生きがいの一つになっていたのだが、そういうものがどんどん消えていく。もうこの辺でストップをかける方が良いのではと思っても、現実は弾みがついてますます加速されている。

携帯電話の機能の発達と普及ぶりはどうだ。私の若い頃は影も形もなかったものだが、今ではこれを持たない若者はいない程である。

街へ出ると子供から老人まで加わって、まるで携帯の洪水。この便利さの極限に近い機器に、人間が溺れていると言いたくなる。

手塚治虫の漫画にこういうのがあった。ある大富豪が自分よりもっと凄いのがいると聞いて森の中に住んでいるというその人を訪れることにした。金銀ダイヤモンドをちりばめた森の宮殿を想像しながら富豪は汗をかきかき山道を登った。ようやく着いてみると、そこは質素な木造りの普通の家であった。それで富豪がどう感じたかは忘れたが、私自身の受けた感銘は強く残っている。

江戸時代に流行った茶道は、わざと質素と窮屈そのものの空間を作り、そこで茶をたしなむというもの。便利と贅沢に背を向ける森の賢人に通じるものがある。

現代人は便利さの点で、昔の富豪に劣るものではない。猛暑の夏も厳しい冬も建物に入れば適温が保たれている。さらに日本人は世界でトップクラスの安全さと長命、それに美食(世界中の料理が食べられる)も加えるとまるで王侯貴族のようである。

世界経済の失速で日本が内憂外患を嘆いている今こそ、質素と不便を楽しむ古人の英知に耳を傾けてみるべきではないだろうか。


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