トップページ知って得する講座魚柄仁之助の「16歳の食育実験」

魚柄仁之助の「16歳の食育実験」

4月4日のメルマガで紹介しました魚柄仁之助著「冷蔵庫で食品を腐らす日本人」の「16歳の食育実験」は、いろいろと考えさせられる話ですので、転載しました。長文になりますが、ご一読下さい。

食育なんて言葉そのものが、まだできたてホヤホヤでして、「何をもって」食育なのか?言ってるほうもわかってないんじゃなかろーか?小学生や中学生に、食の大切さを教えたり、生活習慣病にならぬよう、栄養のことを教えたりしているのが現状だと思います。そのやり方はいろいろあるでしょうが、食育の到達点、完成型って一体どんなもんだろうかと考えてみた。そう、何をめざして「食育」にはげむのかってことです。こう考えると食育も実にわかりやすい。

「社会に出た時、自分の食生活を自分でコントロールできる能力を身につけさせること」

ではなかろーか?高校を卒業し親元を離れて一人暮らしを始めた時に、栄養バランスの良い食事を、自分の経済力の範囲内で摂取することを持続させる知識や技術を持っていること、これでしょう。

いくら中学高校時代に「黄緑色野菜と魚はネ・・・」と親や先生から教えられ、家庭や学校でちゃんとした食事をとれていたとしても、独立後、連日、カップ麺、テイクアウト弁当、スナック菓子ばかりになったとしたら、この人のおうちにいた頃にうけた「食育」はまったく役に立っていなかったってことになる。そんな食育は親や先生の自己満足的食育ですね。

私はトコトン「実学主義」でして、実践に移らん勉強は勉強でないと思っておりますから、食育に関しても、その人が自分の食生活を自分でデザインでき、コントロールできるようにすべきだと思っておるのです。

2005年の9月から、16歳の娘さんを相手に実践的食育実験をやってみた。料理できるようにすることに関しては9月〜12月の間、約15回くらいの講座でほぼ卒業。魚の3枚下ろし、刺身、たたき、炊飯、中華炒めから、だし巻き卵、燻製に揚げ物など、日常の食生活を支える技術は4ヶ月で十分でした。

この娘さんは訳あって不登校になり、精神的な落ち込みもひどかったんだが、父親が「何かやってみたら?」とウチに連れてきて料理を作ることにトライしはじめたんですね。食の自立を目ざめさせるための講座ですから、いわゆる料理教室みたいなホンワカムードではありまっせん。レシピなんか絶対に与えない。まずなんの料理をしてみたいのかを本人に言わせる。彼女の場合、アジのたたきでした。「OK。では買い物に行くぞ」と二人で魚を買いに行く。彼女はノートとペンを持って師匠をひたすら“取材”する。どのくらいの大きさの、どんなアジをいくらで何匹買うのか?なぜ1匹100円のじゃなく150円の方を買ったのか?ひたすらメモする。買ったあとはそのレシートをノートに貼り、今回の食費が一人当たりいくらになるかも計算する。うちに帰ってきて、私が料理するのを、じーっと観察しつつ、スケッチしたり、メモをとる。時には写真も撮る。こうしてアジのたたきができあがった時には彼女のノートも4〜5ページ、ぎっしり埋まっている。それから二人で食べながら、感想を話したり、質問に答えたりするんだが、質問に対しても安直な答えは出さない。

「アジの皮は頭のほうからむかなきゃいけないんですか?」

「君はどー思う?尾の方からむいてみちゃどーだ?」

答えはいつもこんなもん。で、彼女は次に師匠のところに来るまでに、最低1〜2回はその料理を作ってこなけりゃイケナイ。そしてその料理のおさらいも、別のノートに書き残す。自分で作ったものを家族に食べてもらい、その評価をもらう。価格もレシートから計算して一人当りの食費まで記入する。

50歳のおっさんと16歳の娘との間で、こういったやりとりを4ヶ月繰り返したんでした。

「アジをおろせたんだから、イサキ、タカベ、サンマやイワシだって似たようなものぢゃ」

この開き直りで彼女は「一を聞いて十を知る」ことになったんですね。そりゃ魚が違えば勝手も違いますが、その都度、自分で検証するので「サンマはここが違うんだあ・・・」とコツに気がつく。12月20日には、トラフグの薄造りもできたんですね。その頃、菜切り包丁、刺身包丁、出刃包丁を木のさや付きで与え、「どんなところに行っても、自分のメシは自分でまかなえるようになれよ」とエールを送ったんでした。

そして1月から4月の間は、信頼できる居酒屋のご主人のところへ週3回、正午から14時まで通って、仕込みの下ごしらえを教えてもらったんですね。クロダイの3枚おろし、ダイコンのかつらむき、煮付け、アン肝のパテなどなど。家庭ではあまり体験のできない料理まで彼女はやらせていただいた。

不登校になり、一度は退学した彼女が、料理に興味を持ち、自分の新しい進路を探しはじめた。有名な調理師学校の体験入学もやってみた。いろいろな体験を約8ヶ月にやってみて、彼女が言いだしたのが、

「農業高校に行ってみたい」

ってことでした。いやなに、かなりバクゼンとしたものなんだが、彼女としては、料理すること、食べること、生き物の命をもらって人間が生きていること、など思いをめぐらせた結果、大地からの恵みをいただく農業という仕事、そして農業にとり組む同世代の人たちといっしょに過ごす時間を持ちたかったようでした。2006年、彼女は日本中の農業高校の資料を集め、学校に手紙を書き、見学を申し込んだりしております。この先どーなるかはワカランです。農業者になるのか、料理の道に行くのか、大工さんになるのか、政治家になるのか、どーなってもそれは彼女の人生であって、ここのおいさんがとやかく言うことではない。

しかし、彼女は自立して自分の食生活をコントロールできる力は、かなり身につけております。その当時17歳、翌年、地方の農業高校に入学したら寮に入るか、下宿するしかないが、一定の限られた食費の範囲でまっとうに食べて行ける技術は身につけております。あとは精神的にどのくらいタフになれるかが問われますが、まあ22〜23歳くらいまでに、何とかタフな自立心を築いてくれるんじゃなかろーかと、師匠(?)は思っておるのです。


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