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石油なくても生きられる

作家・石川英輔寄稿「循環型社会だった日本」2008年1月1日読売新聞より

すべてを人力で処理する江戸時代式のエネルギー効率の高い生活には、高度の熟練と体力が必要で、今と比べればとても不便だったことは確かだ。だが、なるべく頭も体も使わずにすむ目先だけ便利なエネルギー多消費型の生活は、一見したところ安楽そうに見えるものの、実際は人類にとって伝統的生活よりはるかに過酷な場合が多いのである。

昭和40年刊行の家庭医学辞典を見ると、「老人病」という項目と詳しい説明が出ている。ところが、その10年後の現代用語集を見ると老人病はなく、同じ症状が40歳代で現れる「成人病」になっている。さらに10年たった昭和60年ごろには、10歳代の子供の「小児成人病」が登場し、平成 8年には、ついに「生活習慣病」に進化した。

60歳以上の老人病だった症状が、たった30年後には年齢不問で現れるようになってしまったのだ。小中学生では10〜15%に生活習慣病の症状が見られるそうだ。安楽さの高価な代償である。

遠からず石油がなくなるといって大騒ぎをしている。だが、本当に石油がなくなることが、それほどの悲劇なのだろうか。我々が石油依存度が高い生活を始めてまだ50年もたっていないのに、すでに生活習慣病にかかる子供が増えていることからもわかるように、人間の体は、エネルギー使い放題の便利で安楽な生活に適応できないのである。

人類がホモ・サピエンスに進化したのが20万年前だそうだが、現在と全く同じような肉体になったのは、せいぜい3万年前から5万年前ぐらい。つまり、3万年以上前の設計図でできているわれわれの体にとっては、江戸時代の生活水準あたりが便利さの限界なのだ。まして、今のようにすべてを石油まかせにし、ほとんど体を動かさず、頭も使わず、夜更かしをして生きられる状況は、破滅的といっていいほど不自然だと悟るべきである。

石油が急になくなれば悲劇的な大混乱に陥るだろうが、実際は急になくなりはしない。ある程度の時間をかけて産油量が減っていけば、人類は「真に必要度」が低い用途から削減しつつ、使えない状態にゆっくり慣れていかざるを得ない。

その結果、今の10分の1しか使えなくなったとしても、日本人は、生活習慣病にかかる子供などいなかった昭和30年ごろのごく普通の生活に戻るわけではない。ここ半世紀に我々が身につけた高度の技術の蓄積があり、医薬、電子装置などが消えてなくなりはしないからだ。

生きるために、必要度の低いエネルギー消費を次々に削り落としていった先の生活は、むしろ、今よりのどかで健康ではないかと想像しているのだが、いかがなものだろう。


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