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豊かな農作物 販路なく・・

読売新聞9月22日朝刊、「限界集落に生きる」から転載

「なーもない田舎ですきね」というのが、余能集落(高知県仁淀川町)の住人の口癖だ。でも、ひとつだけ、自慢できるものがある。「香りが高く、コクもある」。20年以上前、余能のお茶が町の大衆食堂で評判になった。仕入先を聞きつけ、余能まで買いにやってくる人もいた。

余能の急斜面に、青々とした茶畑が連なる。その畑の間の石段を抜け、藤原君子さん(80)の家で、自家製の冷たいお茶をいただいた。のどに残る独特の渋みが心地いい。「余能は朝から晩まで、日当たりがいいけぇ、おいしいの」と言って、君子さんはまぶしそうに青空を見上げた。

スイカは目に染みるような鮮やかな紅色。にんにくも強烈なにおいがする。農作物のほとんどが自家消費だと聞いて驚いた。「農協さんが車で集めたころは、みんな売りに出しよりましたけどねえ」

地元の池川町農協(現・コスモス農協)は1990年、高知市内に店を開き、集荷車で各農家を回って集めた農作物を売った。しかし、3年前、事業は中止された。「辺境の地に2時間かけて1、2パック分の野菜を取りに行くのは効率が悪い」と農協は言う。

「自分の名前と住所を書いて、きれいに包装して、売値の札をつける。毎日、それが楽しみでねえ」。君子さんが残念がる。価格を100円と決めれば、25円は農協で、75円が君子さんの取り分。ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ニラ・・・。何でもよく売れた。

農協は茶も買い付けていたが、これもやらなくなった。6軒あった余能のお茶農家は今、2軒だけ。当時からの「お得意様」の個人注文に細々と応じている。

最近、君子さんは自宅で食べきれないタイモ(里芋)を野菜作りの堆肥に回すようになった。

8キロ離れた町中心部。国道439号線沿いに、野菜の無人直売所がある。20か所に仕切られた棚のうち、キュウリやピーマンが並ぶのは5、6ヵ所だけ。直売所ができた15年前には、棚は連日埋まっていた。農家の人々が年を取り、野菜をここまで運べなくなった。

直売所の近くにある地元最大のスーパー「Aコープ池川店」の野菜コーナーをのぞいた。群馬産キャベツ、長崎産ジャガイモ、香川産タマネギ。同じ町内の余能でも作っている野菜が並ぶ。遠くから運ばれた野菜を客が買い求めていく光景は、どこか奇妙だ。

同じ高知県の四万十町十和地区(旧十和村)はシイタケ栽培で知られる。余能のように山に囲まれているが、車で走ると若者の姿が目に付き、雰囲気も明るい。

50年代、農家の現金収入源として、地元農協はシイタケに目をつけた。組合長自らが大阪や神戸に赴き、販路開拓に奔走した。国の拡大造林政策に抵抗してナラを伐採せずに残し、シイタケ菌を植える「ほだ木」にした。

「現金収入の道を守ったおかげで、若い後継者が村を出ずに済んだ」シイタケ農家の安藤精馬さん(83)は言う。十和地区に、限界集落はない。

仁淀川町も地元産の茶のブランド化を模索する。「手をかけて作る少量のお茶がスローフードの時代に合うのではないか」(片岡広秋・町企画課長)。生産者組合を交えた検討も始まった。

その動きは余能に伝わっていない。「茶作りは楽しいですよ。釜で炒って、赤ちゃんの肌のような柔らかい葉をもんでね。でも足も悪いし、そろそろやめようかなあ、思うてるんです」と君子さんは打ち明ける。

限界集落の振興は、時間との戦いでもある(高倉正樹)

10月1日民営郵政がスタートしました。
民営化された以上、効率化を追求するのは当然のことでしょうが、そのために、余能集落のような高齢化が進む山間の過疎地こそ欲しているサービスが、まず切り捨てられていくことでしょう。

「限界集落」という概念を最初に提唱された、長野大学教授(高知大学名誉教授)である大野晃先生は、集落をどうやって維持するべきかについて、「限界集落は山村の過疎の問題だけではない。山の問題はダイレクトに災害など都市につながっていく。山から恩恵を受けている都市など下流の人たちが、上流の山村を支援しながら、流域で人間と自然が豊かになる仕組みをつくるべきだ。市町村合併も理念なき数合わせでなく、流域社会圏で合併するという考えがあってもいい」と語っておられます。


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