トップページ知って得する講座野沢菜250年

野沢菜250年

温かいご飯とおいしい漬物があればいい。日本は漬物の国。特に北信濃では、保存食に、長い厳冬を越すための糧に、野菜の漬物を生み出してきた。その代表が野沢菜漬。今年は野沢菜誕生250周年という。

1756年、健命寺(野沢温泉村)の8代住職が京都遊学の折、天王寺蕪の漬物を食べ、その美味に感動し種を持ち帰ったのが起源。栽培するも、気候・風土の違いで蕪は育たず、葉や茎ばかりが大きく成長した。が、葉と茎を塩で漬けるとうまい。以来、野沢菜漬は名産となる。

先月、村を訪ねた。女性たちが温泉を利用して「お菜洗い」していた。晩秋の風物詩だ。各家で漬け込みが始まっていた。宿の女将は160束、800キロを漬け込んだ。浅漬けは鮮やかな緑色。長く漬けると、べっ甲色になり酸味が増す。春まで味わえるという。

寺には採種用の野沢菜畑がある。24代住職は「暮らしに息づく食文化。原種を連綿と育て続けています」と話す。

驚いたのは、村民が皆、天王寺蕪のことを知っていたこと。「名物や蕪の中の天王寺」(蕪村)江戸初期から明治末期まで大阪名産だった天王寺蕪。虫害や都市化で姿を消し、地元の大阪では余り知られていない。

が、10年前、野沢菜の祖と知った地元有志が「天王寺蕪の会」を結成。石橋明吉さん(71)は種を見つけた。普及活動の結果、漬物が歯応えがよく、甘みがあると好評で、年間40トンが生産されるまでに。「野沢菜がなければ、復活もなかった。なにわ伝統野菜を見直してほしい」という。

食文化を守る。会と村は交流を始めた。野沢菜の漬け込みが終わり、北国はもう直ぐ雪に埋もれる。
・・・・・読売新聞「夕景時評」大阪本社編集委員 加藤 護より転載

天王寺蕪復活の立役者・石橋明吉さんの詳細は↓↓↓こちら!
<http://www.kuidaore-osaka.com/2top/fumi/08_mido/06_04.html>


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