トップページ><知って得する講座「日野原重明/あなたの健康寿命をどうして自分のものにすべきか」

日野原重明
あなたの健康寿命を
どうして自分のものにすべきか

11月3日、聖路加国際病院理事長の日野原重明さん(94)ら5人の方に文化勲章が贈られました\(^o^)/

株式会社ソニーミュージックダイレクトThe CD Club12月号に池内 紀さん(1940年生まれのドイツ文学者)の「日野原重明/あなたの健康寿命をどうして自分のものにすべきか」というCDの紹介文が掲載されておりましたので、以下転載いたしました。
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日野原先生の講演会には、世にもフシギなことが起こる。はじめはわからない。講演半ばごろに、しだいに姿を見せてくる。終わったとき、誰の目にもはっきりわかる。

いつも超満員だ。はじまる1時間以上も前から、メモ用紙を握って待機している人もいる。老若男女のうち、「老」と「女」の比率が高いようだ。日野原ファンは全国に、年齢を問わずどっさりいるが、講演会に駆けつけるとなると、時間と熱意が関係してくる。その点「老」と「女」は資格をたぶんにそなえている。

講演会が始まる。まずは寿命のこと。

「寿命だったのかねぇ」

逝った人によく使われるが、寿命とは何なのか。何げなく使っているが、日頃きちんと考えたことがない。

話が進んで「寿命」に「健康」がつく。「健康寿命」とは耳なれない言葉だが、聞いていると、すぐにのみこめる。大切なのは健康寿命であって、寿命それ自体ではない。とたんに、あれこれ身近な人を思い出す。近親者、友人や知人、その父や母にあたる人たち。

若いときは陽気な人だったのに、なぜかトシとともに陰気になった。会社を退いてから、苦虫を噛みつぶしたような顔でバスにゆられているのを見かけたことがある。社会的には恵まれた身分なのに、どうしてああ不機嫌になったのか。長命の相をおびていてもはやばやと健康寿命を失う人もいるわけだ。

辺りを見わたすと、老若男女が、しきりにうなずいている。たしかに「老」と「女」の割り合いが高いようだが、そうとも言いきれない。はじまる前に見まわしたときと、なぜか割り合いが変化したような気がする。「若」と「男」も、けっこういるのだ。新しく加わったわけでもないのに、どうして変わったのだろう?

檀上で日野原先生が話している。しっかりした張りのある声、テンポがよくて、間のとり方が絶妙だ。年をとると、つい早口になったり、せかせかとした口調になるものだが、そんな気配はみじんもない。

そんなことを思いながら耳を傾けていて、ふとあることに気がついた。会場を埋めた老若男女のうち、壇上の人が最も「老」の人である。少なくとも「老」の特上クラスであることはたしかである。そのはずなのに、壇上の人が、もっとも若い。肌が青年のように艶をもち、目が輝いている。老いの英知を身にそなえると、トシとともに若くなっていくらしい。

話の後半は、自分で健康をつくる話。「健康でありますように」と祈ったりはするが、日野原先生はまさに「青年」の流儀で、最も積極的である。健康は自分でつくり出すもの。健康食品やクスリのことでなく、日々の営みのなかからつくり出す。ごく簡単なことであって、いますぐにでも実行できる。

講演が終わり、席を埋めた人々が立ち上がる。「老」が消えて、ひとしく「若男女」たち。目が輝いている。背を丸めてやってきた人がスックと背をのばして、大股で会場をあとにする。
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日野原先生は「自分の健康は自分で守る」ことを長年にわたって説いておられます。私どももそうありたいと思います。


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